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かくれ涙


 
皆が寝静まった夜中、甲板の隅から空を見上げる。
無意識に、はぁ、と深い息をひとつついた。
月は曇っていて見えない、真っ暗な夜。こんな日の海は吸い込まれそうでなんだか不気味。
冷えた空気と吸い込まれそうな闇に、鼻の頭がツンとする。ついでに目頭も熱くなってくる。


今日の戦闘でヘマした。
死ぬのは怖くない。
それでも、自分の失敗で仲間が傷つくのは嫌だった。

何人か倒して、気を緩めてしまったのがいけなかった。
後ろに迫っていた敵に気付くのが遅れて、結局庇ってくれた仲間が利き腕を怪我してしまった。



「こんな夜中に一人でどうした?」



ふと、右側から落ち着いた声が聞こえて
出そうになっていた涙を無理矢理引っ込め、声がした方を向く。


「ペンギン…。気配消して近づかないでよ」
「また一人反省会か?」
「………。」


酒瓶を片手に、ペンギンはククと笑った。
彼の質問には答えずに、ぷいとまた前を向き、深い闇を見つめる。


「ペンギンこそ、何してるのよ」
「別に。お前が泣いてるんじゃないかと思って。」
「…ばかにしないでよ」


にやりとこちらを向いて、ゆっくりとした動作で持っている酒を口につけ傾けるペンギンから、強引に酒を奪い、一気に喉に流し込む。
チリ、と喉が痛んだが、流し込めるだけ流し込んで、ずいぶん軽くなったそれをまたペンギンに押し付ける。

「お前な…。これ高いんだぞ。半分以上飲みやがって」
「ざまーみろ」

ペンギンは口角をあげたまま受け取った酒瓶を口へ運び、私の視線と同じ暗闇に目を向けた。
ゴクリと酒を飲む音がゆっくりと響く。



しばらくしてもペンギンは船室に戻る気配を見せない。



「あのさ、…寝ないの?」
「ミアが寝たらな」
「………」
「…まぁ、今回の事は気にするなよ。大きな怪我じゃなかったんだ」
「…、」



横目でペンギンを見る。
最近この人は私のところへよく来る。
人が弱っているときに来て、でも何をするわけでもない。
ただそばにいるだけ。
実際それが少し居心地よく感じ始めている。認めたくはないけれど。



「甘やかさないでよ」
「どういう意味だ?」



片眉を上げ、ペンギンはこちらを向いた。



「そうやって、私がへこんでるの知ってていつも隣にくるじゃない」
「別に、甘やかしているつもりはないが」
「じゃあ何なのよ」
「言ったじゃないか。ただ、ミアが泣いてるんじゃないかと見に来ただけだ。お前の泣いているところなんて誰も見た事ないしな」
「…私は泣かないわよ、」
「知ってる」



“女はすぐに泣く”
そう思われたくなくて、この船に乗ってからは誰の前でも泣いてない。

一口酒を煽り、ペンギンはまた海を見た。



「なァ、ミア」
「…なによ」
「あんまり、気を張りすぎるなよ。」
「はぁ?どういう意味よ」
「そのままの意味だ。お前は自分に厳しすぎるところがあるからな」
「……」



何言ってるのよ。
だって、気だって張ってなきゃ、海賊船で、しかも女で、やっていけるわけないじゃない。
ただでさえ力で劣るのに、気を抜いてどうやって生きていけって言うの?
怪我ですんだらいいけど、もし私を庇って命を落としてしまったら、申し訳が立たない。女で弱いから守ってもらうなんて、皆のお荷物なんて嫌。
それに、皆何かが起こってから気付くんだよ。やっぱり女なんか乗せなきゃよかったって。
この船の皆は優しいから、気付いてないだけで、結局最後にはこの埋めきれない差に嫌気がさすんだよ。
だったら、弱さなんて感じさせないくらい、強くいなくちゃやっていけないじゃない。



「別に、今日のことなら誰も気にしてない。海賊なんだ。怪我なんて日常茶飯事だろ」
「でも、私が油断しなかったら、」
「それは結果論だろ。油断しなくても、怪我してたかもしれない。まぁ、日頃から油断しないように鍛錬は積むべきだと思うが。ミアは鍛錬をさぼってるわけでもないし、今日もできるだけの事はしたんだろ」
「それは…。でも、仲間が傷つくのは嫌」
「それは皆一緒だ。けど、俺たちだって失敗くらいする。だから仲間が助けてくれるんだろう?」
「……」
「今日、お前シャチのフォローしただろ。それと一緒だ。それで怪我したってお前は別に気にしないだろう?」



ゴクリと酒を飲むペンギンの喉がやけにゆっくりと上下した。



「どうせ今日の事も全部自分のせいだってうだうだ考えてたんだろ。そうやって考えるよりも、今日経験した事を次にどう活かすか考える方が、実践的なんじゃないか?」



くしゃり、と私の髪を掻き撫でられた。



「それと、……もっと俺たちを頼れよ」



髪の先からペンギンの優しさがじんわりと伝わって来る。
ふわりと心の中が暖かくなる。



ペンギンはもう一度、くしゃりと私の頭を撫で、早く寝ろよ、と私に背を向け船室へと歩き出した。



女である事を忘れるくらい、人一倍努力しなきゃ、強くならなきゃ、と固く思い続けていた心が、じわりと融解されていく。




−私、もう少しだけ、あの人達に弱さを見せてもいいのかな、




離れていくペンギンの背中を見ながら、ぽろりと一粒の涙がこぼれ落ちた。







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