UNexpected message
今日は珍しく何も無い日で私用も特にないため、家で過ごす事にした。本当は外出しようかとも思ったが、よく一緒に出かけるローもシャチも他に予定があるようだった。
誰に制限されるでもない快適な空間の中で、ゆっくりとソファに腰を落とし、随分前に買ったまま開けてすらいなかった本を手に取る。
たまには、誰にも邪魔されない日があってもいいかもしれない。街中での喧噪や仕事でのストレスからも解放されて、部屋を冷やして外の気怠い暑さともおさらば。
ぺらり、と本の最初のページを開く。
特に興味があるわけでもない分野の本だったが、暇潰しにと以前買ったのだ。それから長い間手にする事も無かったが、結局は自分の暇を解消してくれる存在になっているので、当初の目的は果たせている。
数行目の文字を目で追っていた時、ソファの前のコーヒーテーブルに置いていた携帯が振動を伝えた。同時にメール受信時の音が流れる。
一瞬、立ち上がるのも面倒だし、このまま本を読み続けようかとも思ったが、一度気付いてしまうと気になってしまうのは人の性か。本はテーブルの上へ置き、小さく息を吐きながらゆっくりと腰を上げる。
目当ての携帯を手に取り、見慣れた液晶を確認した。だがそこに表示されていたのは知らないアドレス。なんだ、立ち損か、とまたソファにだらりと座り、誰からとも知れぬメールを開ける。
件名:ありがとうございます!
本文:ミアです。昨日はありがとうございました。
とても勉強になりました!
明らかに間違いメールである。
昨日自分は一日中仕事をしていたし、他人にメールアドレスを教えた覚えも無い。何よりミアという名前に心当たりが無い。
このまま無視しておこうとも思ったが、何せ暇なのだ。特に深くも考えず慣れた手つきで携帯のキーを押した。
件名:RE: ありがとうございます!
本文:アドレス間違ってるみたいですよ。
送信。
何の面白みも無い。
今更本を読む気も起きず、だらだらとそのままソファに横になった。
数分もせずに、 腹の上に無造作に置いた携帯から先程と同じ着信音と振動がする。
件名:RE: ありがとうございます!
本文:すみません!
送りたい人とアドレスが1字違いで、間違って送ってしまいました。
本当にごめんなさい。教えていただいてありがとうございました。
何てベタな間違いをする人だろう。
返信する必要性も感じなかったので、そのまままた腹の上へと携帯を置く。
涼しい室内は快適で、このまま寝てしまおうかと目を閉じる。こんなにだらりとした休日は久しぶりだ。
と、ふと、何か頭の端に引っかかるものがあり、また携帯を開いた。
やっぱり、と先程の間違いメールの送り主のアドレスを見て呟く。
このまま無視する事は簡単だが、なんとなく、そう、なんとなく、またメールを打つために指を動かした。理由なんて、暇だから、で十分じゃないか。
件名: RE: ありがとうございます!
本文: 今日誕生日だろう?おめでとう。
違ったら違ったでいい。別に知らない奴だ。恥なんて無い。
気味悪がって返信は来ないんじゃないか、との考えが頭をかすめたが、来なかったところで別段困らない。暇を持て余していたから、時間を潰せる相手を捜していただけだ。別に期待なんて、していない。
たっぷり2分携帯を見つめていたが、名も知らぬ相手からのメールは来ない。だよな、普通はこんな変なメールに返信しないだろう、との結論に行き着いた時には、無意識に溜息が出ていた。なんだ。期待、してたんじゃないか。
自分らしくもない行動に自嘲すると、腕を伸ばしてテーブルに携帯を置く。
今度こそ、本格的に眠ろうか。
目を閉じるその瞬間に、あの着信音が鳴った。
反射的に体を起こし、テーブルの上の携帯を見つめる。それは2、3回震えた後、ブルーの光を点滅させながらメールの受信を知らせた。
やけにゆっくりとした動作で携帯を取り、中を確認する。
件名:RE:ありがとうございます!
本文: すごい!どうしてわかったんですか?
本当に今日は私の誕生日なのでビックリしました(*^^*)
あ、もしかして私の知り合いだったりします?
あまりにも無防備なその返信に、自然と笑みがこぼれる。
思った以上に状況を楽しんでいる自分を素直に認めながら、早速、返信画面へと進む。誕生日だとわかった理由を書き送信しようとするが、短すぎるか?、と思い、少し付け足す。
件名: RE: ありがとうございます!
本文: アドレスに今日の日付入ってたから。間違ってなくて良かった。
急に送って迷惑だったか?
困らせるつもりはなかったが、驚かせてすまなかったな。
送信ボタンを押すと、今度はすぐに返信が返ってきた。
件名:RE: ありがとうございます!
本文:迷惑なんてそんな!
仕事仕事で誰も祝ってくれる人がいなかったので、嬉しかったです。
むしろ私の方が間違いメールで迷惑かけちゃってごめんなさい…
悪い印象は受けず、特に意味の無いメールを続ける。
思いの外、ミアという女との会話は弾み、俺はいつの間にか暇だった事すら忘れていた。
何度かメールを交わすうちにいくつかわかった事がある。
彼女は今日から俺より2つ年上。
電車で数駅の距離に住んでいる事(国内でたまたま送ったメールの相手が近くに住んでいる事に二人とも吃驚した)。
今日は仕事で、ランチ休憩中。
ちなみに昼食はパスタ。などなど。
意外にも話の合う相手に、俺にしては珍しくこの短い間にたくさんのメールをした。
そしてそれは何の前触れも無く。
最初の間違いメールから1時間も立たないうちに、彼女から仕事に戻らなければならないとメールが入った。ランチ休憩だから、そもそも長時間は無理なのはわかっていた。
わかった、仕事頑張れよ、と返事をする。それと同時に俺の“暇潰し”にも終わりを告げた。
若干の名残惜しさには気付かないふりをして、なかなかいい暇潰しだったじゃないか、と本心とは裏腹な事を思う。
もう鳴らないであろう携帯はまだ俺の手の中で沈黙を守っている。
すると、沈黙を守っているはずの携帯からまたも聞き慣れたメロディが流れた。若干期待を込めた目で再度携帯を開く。
件名:RE: ありがとうございます!
本文:今日はありがとうございました!お話しできて楽しかったです。
もし、ペンギンさんさえ良ければ、またメールしてもいいですか?
目を見開いて、繰り返し最後の一行を読む。
向こうも同じ思いがあったことに満足し、肯定の返事を打つ。
ピ、と送信ボタンを押し、そのまま剥き出しのアドレスを選んでメニューからアドレス帳を出す。名字は聞いていないので、そのままミアと登録して、今度こそ携帯をテーブルに置いた。
(今日は、いい夢がみれそうだな。)
← | TEXT | →