心臓が動いた日
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いつもの時間、いつもの場所。
コンコン、と開け放たれたままのドアをノックし家の主に自分がきたことを告げる。
家の奥から出てきたミアは、俺を見るとぱっと花を咲かせたような笑顔を向けた。
「いらっしゃい、マルコ!」
「いつも言ってるが、ドアを閉めねぇのは不用心だよい」
「ふふ、心配性ね。ここは平和だから大丈夫よ」
俺の心配など聞くつもりがないのは今に始まったことではない。
何かあってからでは遅いというのに、この女はまるでそれをわかっちゃいない。だがその呑気さがコイツが今まで生きてきた時間を形容しているようで、俺はいつも通り眉を下げた呆れ顔で返事をする。
「お茶、いれるね。上がって」
中へと促され、勝手知ったる部屋の中を進む。
ここは平和だ。
“色々”という言葉だけでは表せない程多くの経験をした自分にとって、ここは、ミアは、まるで別世界に生きる人間だった。
「今日はね、ベリータルトを焼いてみたの」
こぽこぽと濃いめのコーヒーを準備しながら、切り分けられたタルトの横にミアは甘そうなクリームを添えた。
「こりゃまた、美味そうだ」
「ふふ、自信作だよ。召し上がれ」
はい、とフォークを渡してきたミアに礼を言って、手にしたそれでサクリとタルトを刺す。ふんだんに盛られたベリーがいくつかフォークの隙間からこぼれ落ちたが、俺はすくいとれた分だけ口に運んだ。
「美味しい?」
「ああ、美味いよい」
満足そうに微笑むミア を見て自然と俺の口角も上がる。
いつの間にか、俺もこの村の平和ボケに捕まってしまったようだ。
波乱万丈な海賊生活が刺激的すぎて、のんびりと時が流れる場所に来るとよく昔のことを思い出した。
楽しかったことも、辛かったことも。
そういや昔、疲れたら動くことを止めて休むことも大切って、家族に言われたな。
甘いクリームを口に入れた時にふとそんなことを思い出して。
あぁ、これも平和ボケのせいだな、なんて考えながら、俺はそれに乗じて素直に今思ってることを目の前の女に伝えることにした。
「なぁミア」
「ん?」
「俺は、おまえのことが好きだよい」
緊張なんて全くなく、心は穏やかなまま。
別にどうこうしようってことじゃない。
ただ、思ったことをするりと告げただけだ。
だけどそれは目の前の女を動揺させるには十分すぎたようだ。
「はは、なんだよい、その顔は」
「だ、だって…」
しどろもどろと言葉を紡ぐミアの頬は紅い。
そんな表情も愛おしい。
「ただ、言いたかっただけだから、あんまり気にしなくていいよい」
困らせたいわけではない。だから俺はシリアスな雰囲気にならないよう笑ったままミアにそう伝える。
「でも、それじゃ困るよ、」
だけどミアはそんな俺の言葉を遮るように言葉を紡ぎ、紅潮した頬はそのままに続けて口を開いた。
「だって、私もマルコのことが好きだから」
その瞬間、平和ボケしてたはずの俺の心臓が、久しぶりにどくんと動いた。
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