ひみつのバースデー
ゆらりと揺らぐ頼りなげな灯に少し疲れを感じて、おれは目の前に開いていた分厚い本をそのまま自分の胸へと置いた。あとでまた読もうと思っての事だったが、開いたまま伏せたそれにしおりを挟む気力までは持ち合わせていなかったのだ。
じわりと痛んだ瞳を労わるように空いた手で瞼を少し撫で、ふうと一息吐きながら背もたれに身を預ける。
時計の針が真夜中を指す少し前。
騒がしい奴らと別れてから寝るまでの、おれだけの静かな時間。
「……」
瞳を閉じると、このまま睡魔に襲われてしまいそうだ。
まぁこのまま寝てしまっても誰も咎める人などいないのだが。
ふと、かすかに部屋の外で空気の動く気配がした。
こんな時間に誰だ、と、軽く気配を探ってみる。
が、外の相手を知ると、ふ、と自然に口角が上がった。
部屋の外で少しためらっている様子の彼女に、おれは悪戯心をくすぐられる。いつもそうだ。おれを好きな彼女は、おれが彼女を好きなことを知らない。だから、少しからかってみたくなる。
彼女は意を決したのか、控えめにノックをしてドアノブをひねった。おれは焦る事もなく、先ほどの格好のまま、身体も、瞼も動かさない。
「サボ…?遅くにごめんね」
キィとドアを鳴らして入ってきた彼女は、寝ているおれを見て面食らったのか、小さく息を飲んだ。このまま、部屋を出て行ってしまうのか。その行動すら瞳を瞑っていても安易に想像できてしまう。可愛い、女の子だ。
「……、」
ぽつりと聞き取れないほどの声でどうしようと呟いた彼女は、一瞬考えたようだが、そのままおれの予想に反して部屋の中へと歩を進めてきた。
少し驚きはしたが、おれは何もなかったかのように狸寝入りを続ける。
ゆっくりと音を立てないように移動し、おれの目の前で立ち止まった彼女は、何を思ったか溶けるように柔らかにふふ、と笑った。
「ほんとに、寝てる」
くすりと控えめに笑った彼女の顔はきっとおれの想像以上に可愛いに違いない。
直後、ふっと胸の上が軽くなって、彼女が俺の本を手に取ったことがわかる。ことりと小さく机の音がなったのはきっと彼女がその細い手でしおりを挟んでそこにおいてくれたから。
次に感じたのはふわりとしたあたたかさ。これはおそらく、後ろのソファに置きっぱなしだったブランケット。
よく泣いてよく笑う、おれのよく知っているはずの女の子の、いつもとは少し違う優しさと雰囲気におれはそろそろ種明かしをしたくなる。
というよりも、今彼女がどんな顔をしておれを見ているのか、気になって仕方ない。タイミングはたぶん、次彼女が喋った時。おれは彼女の腕を掴んで、意地悪く彼女を見上げる。それに彼女は顔を真っ赤にして怒って。そして、おれは痛くもない彼女の拳を2、3発受けて、そのあとふたりで笑うんだ。
だけど今日はおれの予想がことごとく外れるようで。
「本当は起きてる時に言いたかったけど、…サボ、お誕生日おめでとう」
羽が触れるように優しく紡がれた言葉があまりにも心地よくて、おれの種明かしが一瞬遅れてしまった隙に、おれは唇に何か柔らかい物が当たったことに気付く。ほんの数秒、いや、コンマ1秒くらいだったかもしれない。でもそれが何かを理解するにはおれには十分すぎる時間で。
「大好きだよ、」
そう、彼女が頬を紅くした時によく使うのと同じ声で言い残し、足早にパタパタと駆けて行く。当然おれは彼女の腕を掴むことなど出来ず、パタリと閉じたドアの音を聞いたあとゆっくりと瞳を開けて、彼女の出て行ったドアをじっと見つめたまま不本意にも顔を赤らめるしか出来ないヘタレな男へと成り下がったのだ。
「………んだよ、ミアのやろう…」
(反則だろ、)
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