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絶世の美女とネクロフィリアのお話





ちやほやされて生きてきた自覚くらい少しはある。だからといって、母親に殺人企てられる程のことをしたつもりもないし、逃げ切った森の中の一軒家にまで追いかけて来て腰紐で絞め殺されそうになったり、頭に櫛ぶっさされたりされる覚えもない。

だからまさかここまでしつこいとは思ってなかった。
美への執念とは実に恐ろしいものである。

ほとぼり冷めたと思った頃に現れた老婆に貰った赤い赤い林檎を口にした時に、「ああ、馬鹿やっちゃった」と後悔した。
悲劇のヒロインみたいに、ぽろりと手から零れ落ちた赤い悪魔の実はごろりと床を転がり円を描く。それをスローモーションのように眺めて、視線が林檎と同じ高さになった時に、私の意識は途絶えた。視界の端に微笑む老婆を捕らえたまま。






がたり、ごとり。

がたり、ごとり、。






天国ってどんな所かな、とか、そんな事を考えていたように思う。
今度こそ、しぶとい私の命も尽きたはずだ。





ーーーーがたんっ!!





だけどどうやら、私の命はまだまだしぶといようで。

何かの拍子に喉に詰まっていた林檎の欠片が口から飛び出て私の意識も現実へと戻って来た。

本当に、悪運があるというかなんというか。
私は毒林檎で死んだのではなく、ただの窒息死しそこないだったみたいだ。



「………、」



潔く、目を開けるとそこにはガラス張りの何か。手で押しのけてみると、それはあっけなくも音を立てて私の前から落ちていった。次いで聞こえてくるお世話になった小人達の声。そして、その後ろに馬に乗った知らない男。

とりあえずは、人の話を疑う事なく信じてしまう怪力小人の涙の抱擁を受け止めて、彼らの話をよくよく聞いた。
どうやら、死んだと思った私をガラスケースに入れたところでどこぞの王子とやらが来て、「美しい!死んでてもいいから俺にくれ!」と言ったそう。



なんだ、変態か。



寝起き早々げんなりなシチュエーションなど構う事なく、時間は流れる。
その、どこぞの王子、とやらが、馬から降りて私の元へとやってきた。



「おれは、隣国の王子、エースだ」



にかっと笑ってみせた王子の頬にはそばかすがちりばめられていた。
屈託のないその表情からは悪意などないことが読み取れる。
今まで出会って来なかった部類のこの男は、きっと一般的にはかっこいいと言われている男なんだと思う。



「その、おまえがすげー綺麗だったから、」
「死体でもいいとかきもいんですけど」
「え」
「え、じゃないし。つーか、死んだ女持ってって何するつもりだったの」
「……え」



だから、え、じゃねーし。


ぱちくりとさせた目をこちらに向ける王子は、えーと、と言葉を濁した。



「……おまえさ、見た目と性格が」
「よく言われる」
「だよな」



溜息を吐いた王子は苦笑いで私を見た。



「なによ」
「別に。おまえ、名前は?」
「ミアだけど」
「ふーん。…行くあてあんの?」
「森の中の家?」
「しょぼ」
「小人達に土下座して謝れ」
「…スミマセン」



私が生き返った事に盛大に喜んでいる小人達には今の会話は聞こえなかったみたいだけど、とりあえず謝ったから許そう。

それよりも、これからどうしようか。
私が生きてると知ったら、たぶんまた母親が殺しにくる。それに小人達にこれ以上迷惑かけたくない。



そんなことを思っていると、王子が頬を掻きながら私に話しかけてきた。



「まーおまえがいいならだけど、…おれと一緒に来ねぇか?」
「………死体愛好者とかごめんなんですけど」
「それ誤解だからいやまじで忘れろ」
「確実に誤解じゃないと思うけど」
「誤解だ」
「まぁどっちでもいいわ」
「おれはよくねぇ」



よくはわからないけれど、コイツの提案は私にとって少しだけ魅力的なものに思えた。



「……なんでそんなこと聞くの?」
「そんなこと?」
「一緒に来るかって」
「そりゃ、おまえが綺麗だからだよ」
「……」


ああ。そうか。
結局こいつも他の奴らと一緒か。



「てことは、お人形してれば衣食住は保証してくれるってことね」
「はぁ?人形?んなこと言ってねぇだろ」
「じゃあなによ。私他に何も持ってないわよ」
「いーよ。つーかその見た目と中身のギャップがおもしれぇし。一緒にいて退屈しなさそうだろ?」


正直、びっくりした。
こんな風に裏も表もないと感じられる言葉をかけられたのは意外だった。

そして、いたずらっ子のように笑ったコイツがキラキラして見えたのは、きっと見間違い。



「……そんなこと言われたの、初めて」
「んじゃ、おれはおまえの初めてか。ラッキー!」



ちらりと横を見ると、にししと笑った隣の男はやっぱりキラキラして見えた。



「……わかった」
「ん?」
「エースと一緒に行く」




なんかわからないけど、たぶんコイツと一緒にいると楽しい。
照れ隠しにくすりと笑うと、王子はびっくりした顔で少しだけ頬を赤らめた。

母親をも狂わせた私の美貌は、どうやらまだ健在らしい。
















(ねぇエース。一緒に来いって結婚ってこと?)
(ま、まぁ、そうだな!(てれっ))
(ふーん…。ねぇ、私アンタと結婚したらその権力でひとつだけやりたいことあるんだけど)
(ん?あんまり難しいのじゃなきゃいいぞ)
(母親を結婚式に呼びたいの。この国の王妃なんだけど。)
(へー。じゃあミアはこの国の姫なんだな。いいんじゃねーの?親孝行じゃんか(あれ?じゃあ何で森の中なんかで…?))
(うん。親孝行するの。真っ赤に焼けた鉄の靴を履いて死ぬまで踊ってもらうんだ(にこ))
(……………(あれおれ何か人生間違っ…))
(男に二言はないよね、エース王子(にこー))
(え、いや、ちょ、)
(ほら、さっさと行くよ、死体愛好者!)
(ちょ、それやめろって!!(泣))






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