本当の願いなんて言えるわけなくて。
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世の中には馬鹿な女がいるもんだ。
「スモーカーさん、お願い、きいてくれてありがとうございました」
「………。」
ベッドの中、シーツに身を包んだままの女がそう言った。俺はそれに返事をせず、服を着てからいつも通り煙草に火をつけた。
それなりの地位を持った親がいれば、政略結婚なんてザラだ。目の前のこの女もそれは例外ではない。
「嫌なら断っちまえばよかったんだ」
「そんなこと出来ない…ってこと、スモーカーさんが一番良くわかってるくせに。」
クスクスと笑った女にチッと舌打ちをする。そうだ。地位だのなんだの、こんなクソみてぇなのにこだわってる奴らが一番面倒で話が通じねぇ。そんなことは俺が一番わかってるじゃねぇか。
―いっそのこと奪っちまおうか
なんて、海賊みてぇなことを考える。
が、そんなこと出来るわけもなく。
この女がどんな想いで俺に結婚前の「最後の願い」を言ってきたかなんて、考えたくもねぇ。
なぜ俺がそれをきいてやったかなんて理由もいちいち考えたくねぇ。
それを理解しちまうことで、何かの歯車が狂っちまうことくらい、俺もコイツも十分に理解している。
「……明日からは、もう会えませんね」
「………そうだな。」
しん、と静まるベッドルームの中でいやに大きく響く時計の音は、まるで残された二人の時間のカウントダウンだ。
「スモーカーさん…」
「なんだ」
「どうせですから、煙みたいに消えて行ってください」
「……」
予想外の言葉に返答に詰まる。
出来ないことはない。もともと俺は煙だ。
だが、腑に落ちない。
「…理由は」
「…理由は、」
ふ、と、自嘲するように、でもすべてを諦めたように、ミアは言葉を続けた。
「スモーカーさんとの時間を、夢にしてしまおうと思って。」
「……馬鹿が」
「いいじゃないですか。いつまでも色褪せない夢で。」
眉をへの字にして笑う。
夢にする?そんな馬鹿な理由があるか。
「…最後の願いはもうきいたはずだ」
俺はそう言って、哀しそうな目をした女に別れを告げてガチャリと重いドアを開けて自分の足で外に出た。もちろん、意図的に、だ。
コイツの中で俺の存在が夢になんてなってしまわないように。
ドアが閉まる瞬間に聞こた嗚咽は聞かなかったふりをして、ただこの女の中に俺が残ればいいと願った。
攫う気概もなく。
出来る願いもきかねぇ。
全く。
世の中には馬鹿な女以上に馬鹿な男がいるもんだ。
(本当の願いを言えば、あなたは私を連れ去ってくれたのかしら)
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