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麻薬花





帰って欲しい。
男性は本当に苦手なんだ。



「あの、こま、こまります、」
「そこまでだろ。ついでだ。」



恐怖症とまではいかないけど、男性が苦手な私が選んだのは花屋という職業だった。今まで接する男性と言えば、奥様や彼女さんに花を買う紳士な方だけ。
それが先月から様子が変わって、私はこの着物が良く似合う、何を考えてるかわからない男性に付きまとわれるようになった。付きまとう、と言ったら大袈裟かもしれない。一応、花を買っていくお客様のひとりだから。



「毎日大変だなァ」
「いえ、仕事ですから、」



奪われた荷物を片手で持って先を歩き出した彼に為すすべもなく、私はビクビクとしなから後ろを付いていく。
怖いけど、失礼な事は出来ない。お店はもうすぐそこだ。きっと、大丈夫。



「…そんな怯えねぇでも取って食いやしねェよ」



クク、と喉の奥で笑った低い声が聞こえてビクリと肩を揺らした。
そんなこと思ってません、と、言ったつもりだったけど、上擦った声はなかなか繋がらずに意味をなさない音だけが漏れて、代わりに私は一生懸命頭を振った。



「まァ、そういうところも可愛いけどな。」
「……、!」



ちょうどお店についたタイミングで、彼はそう言って笑いながら店内に入る。
だけど私は彼から言われた言葉が慣れなくて、すぐに後を追うことができずに赤くなってしまった顔を元に戻すのに数回深呼吸をしなければならなかった。


この人は変だ。


先月初めてお店に来た時から、私に変な事ばかり言う。これまで生きてきて男性と接する機会があまりなかったからよくわからないけれど、彼女とか奥様とか、愛する女性に言いそうな事をさらりと言う。名前も知らないくせに、絶対おかしい。



「…にもつ、ありがとうございます。」
「ああ、ここでいいか?」
「はい、」



店に入ると、彼はカウンターの上に荷物を置いてその脇に立っていた。
緩く腕を組んで重心を片足に預けてるその姿は、世間一般でいう“かっこいい人”に入るんだと思う。でもなんでそんな人が私に構うのかわからない。



「今日は、どんなお花ですか?」



元気の出るお花、気分が明るくなるお花、感謝の印、尊敬する人へ。今まで色んなお花の形を作ってあげた。



「今日は好きな女に贈る花を頼む」
「好きな、人、ですか…」



いたんだ、好きな人。
なんて、拍子抜けした気持ちになる。他人の私に対してだってあんな態度だったから、てっきり特定の人はいないのかと思っていた。

そんな事を考えていたけど、今は仕事中、と瞬時に頭を切り替える。



「その女性の好きな花はご存知ですか?」
「…いや」
「では、その方の好きな色とか好みとか?」
「知らねぇな」
「…では、その方がどんな方か教えていただけますか?」



しっかりしていそうな方なのに、好きな女性の事は意外とわかってらっしゃらないようだ。
私の最後の質問に、彼はふむと少し考える素振りを見せて、それからニヤリと笑って言葉を続けた。



「そいつは、まァ、俺の事を好きじゃねぇ」
「…………そ、そうですか、」



一瞬目が点になった。
元々男性とはあまり目を合わせないけど、あまりの発言にうっかり顔を上げてしまって目が合ってしまった。けど、やはり私はそれに慣れなくてすぐに逸らす。



「あとは、迷惑そうだなァ」
「……め、めいわく、」
「目もなかなか合わせてくんねェし」
「………、」



何が面白いのかわかんないけど、楽しそうに彼はそう言って私を見た。
私はその視線を振り切るように無意味に店内の花を見渡しながら再度同じ質問をした。補足もつけて。



「えと、そ、その女性はどんな方、なんですか?優しい方とか、可愛らしい方、とか…、」



焦ってる気持ちが出てしまったのがバレたのか、彼はまたおかしそうに笑って続けた。



「そうだなァ…。照れ屋で女らしくて、けど子供みてぇで可愛いやつだな」



顔は見てないからわからないけど、最後はふんわりとした物言いで、その人のことが好きなんだな、って、伝わってきて。なんだか私まで嬉しくなってしまった。



「わかりました。そんなイメージで作ってみます」
「ああ。頼む」
「入れて欲しい花があれば、先に教えてくださいね」



そう言って、ふんわりとした気持ちでイメージに近い花を選ぶ。



「花は詳しくねぇから、お前さんがもらったら喜ぶものを作ってくれ」
「はい、」



これは責任重大だ。
イメージに合った明るい色の花を中心に、大きすぎない花束を作っていく。
気持ちを込めて、リボンをつけて。
その女性の方が幸せな気持ちになるように。



「こ、こんな感じで、どうでしょう…?」
「いいじゃねェか」



満足そうに頷く姿にほっとして、仕上げのラッピングをする。
花束を渡してベリーを受け取って、私は勇気を出して初めて自分から男性に声をかけた。



「あの、上手くいくと、いいですね」



笑ったつもりだけど、たぶんそれも緊張で様になってなくて、恥ずかしくてすぐに視線を落とした。
すると、クク、と言う笑い声とともに、目の前が明るい色で染まる。それが今自分が作った花束だと気付くのに数秒。



「上手くいくといいんだがなァ」
「えっ……??」



これはどういうことだろう。



「へっ、返品、ですか…?」
「どこからそういう発想になるんだい…。」
「え、で、でも…」
「これはお前さんに買った花だ」
「………ッ」
「受け取ってくれるかい」



人間には差し出されれば受け取る反射という機能が備わっている。
私が思わずそれを受け取ってしまったのはきっとそういう理由だ。



「今までも言ってきたつもりだが、お前さんには直球しか通じねェらしいな」



頭が爆発しそうだ。
次の言葉は聞かない方がいい。でも、。



「好きだ」



ふわりと香る花の匂いがまるで麻薬みたいに私の脳を鈍くする。



「まァ、今すぐどうこうってワケじゃねぇから安心しな」
「あああのっ、」
「ん?」
「どうして、私を、?」
「どうして?」



嘘だとは思わないけど、なんで私なのかわからずに思わず聞いてしまった。
だって、お互いのことなんて何も知らない。



「んなもん、知るか」
「えっ、」
「好きなんてなァ。気付いたらなっちまってるモンだろ」



じゃあな、また来る。と、そう言いながらポンポンと頭を撫でて出て行った彼の後ろ姿を呆然と見ながら、私はまだこの花の香りから抜け出せずにいた。
それはまるで、夢の中にいるようで。まさに麻薬に溺れたかのような感覚だった。






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