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くるり、くるり。





願い事は人それぞれ。

本当の家族を失って、偽物の家族は私を家の隅に追いやりまるで召使いのように扱った。それでも食べて行く事はなんとか出来ていたし、今の瞬間を生きていく事に必死だった私は、自分が灰をかぶってみすぼらしい姿になってもこの家族と居続けた。


そんなある日、義姉達が落ち着きなく沸き立って、キラキラと輝くドレスを着て出て行った。お城で第二王子のサボ様の結婚相手を決める舞踏会があるらしい。お義母様は私に家中を埃一つ残さないように掃除しておくように命じて、玄関に重く響く鍵をかけて義姉達と共に行ってしまった。



「なーに考えてるんだ?」
「いっ、いえ、…なにも、」



予想よりもカジュアルな青色の服に身を包んだ王子様の腕の中でステップを踏む。
家に閉じ込められていた先程までの自分と、今目の前で起こっている事実があまりにも違いすぎて倒れてしまいそうだ。



お母様が生きていた頃は毎日がキラキラと輝いていて、お母様がいなくなってからはお父様が私の側にいてくれたから寂しくはなかった。
でもいつの間にかそれは変わっていて。今日、お義姉様達が着ている美しいドレスを見て、思わず蘇って来た記憶に、…私は願わずにはいられなかった。



“私も、一度でいいからお城に行って王子様とダンスを踊りたい”
“あの頃みたいに、キラキラと幸せな時間に包まれたい”



それは突如現れた魔法使いによって叶えられた。
継ぎ接ぎだらけの服は星のように輝くレースがあしらわれた純白のドレスに。かぼちゃは馬車に。そして足下にはきらめくガラスの靴。



「……夢みたいだな、と、思っておりました」
「夢?」
「はい、王子様とこうして、踊っていられることが」
「そっか。でも、人の足さっきから踏んどいてそれはないんじゃねぇの?」
「う、…す、すみません……」



王子様に指摘されて、恥ずかしさで顔を俯かせる。頭上からくすりと笑う王子様の声が聞こえて来て、私は更に顔を赤くさせた。

ダンスなんて、いつぶりだろう。王子様のリードがなければきっと周りからも失敗ばかりなダンスだと見破られていた。だけど、王子様は随分と慣れていらっしゃるのか、それを上手くカバーして、私が動き易いようにリードしてくれる。




お父様が亡くなって、ここ数年、感じた事のない幸せがじんわりと心の中を湿らせた。



あの時の魔法の光はまるで、いつかお父様とお母様に囲まれて過ごしたあの暖かさにとても似ていて。
この奇跡はきっと二人の愛がくれたものだと思った。




「顔さ。下向いてるのはまた俺の足踏もうって企んでるってこと?」
「ちっ、違いま、……っ!」



そんな失礼な事、考えているわけがない。そう、否定の意味を込めて上を向くと、少し、たぶん意図的に、屈み気味な王子様と至近距離で目が合った。心なしか力の入った腰に回される手と、まるで唇が触れてしまいそうなその距離に、身体が緊張で堅くなる。だけど王子様は私と目が合うと満足そうにふっと微笑んで、私の手を取りくるりと回るように促した。



「王子様は、ダンスがお上手ですね」
「アンタは驚く程下手だけどな」
「す、すみません…、」
「謝んなって。可愛いって、意味だ」
「…そ!ん、なこと、ない、です…!」
「そうやって赤くなる所も可愛い」
「あああの、あの、……!」
「俺は、アンタに興味がある。…俺と、」
「!」



王子様がそこまで言いかけたとき、城中に鐘の音が響く。
12時の鐘の音だ。



“この魔法は、12時なったら全て解けてしまうからね”



魔法使いの言葉が頭を過る。
今すぐに、この場を離れなければ。



「………ッ」



ごめんなさい、の言葉も出なくて、トン、と王子様の胸を突き放し、軽く礼をして踵を返す。出来るだけ早く、鐘が12回鳴り終わる前に。早く、はやく、!!



「待てよ!」



そう王子様の言葉が後ろの方で聞こえたけれど、継ぎ接ぎだらけの灰をかぶったあの姿は王子様にだけは見られたくないから、全速力で城を出て中庭まで駆け抜ける。ぜえぜえと息が切れるけど、目の前のあの階段をおりればきっと何とかなる。そう思って、階段への一歩を踏み出したとき、ぐい、と左腕を強く引かれて、バランスを崩して階段から落ちそうになった。



――カラン、カラン……、



「………ぶねぇ、」



視界の端に、脱げたガラスの靴の片方だけが一人先走って階段をおりていったのが見えた。

次に、耳元で聞こえた声に、私を捕まえたのが王子様だと知る。
鐘はもう10回程鳴っただろうか。



「あの、あの、私、帰らなければ、」
「そんなに急いでか?……なんなら、送ってく」
「大丈夫です。本当に、あの、手を、離してくださいませんか、」
「………いやだ」
「え、?」
「断る」



真剣な顔でそう言った王子様の後ろで、お城のてっぺんにある時計の針がカチリと動いた。いつの間にか鐘の音は聞こえない。


もう、ダメだ。


ドレスの輝きはどんどん失われ、端から見慣れた埃だらけのあの服へと変わっていく。
咄嗟に、足に力を入れて王子様の後ろに身を隠した。きっと、変わっていく私の姿は見られてしまったけど、でもそれでも、これ以上王子様に醜い姿を見せたくはなかった。手は、離してくれないけれど、背中側にいれば、今だけはこの姿を見られなくてすむ。

綺麗に結われた髪も、魔法が解けていつもの輝きのない髪へと戻っていく。服ももう、完全にあの薄汚れた布切れだ。
こんな姿、絶対に見られたくない、と、無礼だとはわかっていたけど、王子様の背中にぎゅうと頭をくっつけた。
王子様との時が幸せすぎただけに、現実を目の前にすると、自然と涙が溢れてくる。



「泣く程家に帰りたかったのか?」



ふいに、王子様の呆れたような笑い声が聞こえて来て、私はゆっくりと顔をあげた。
王子様は私の想いを汲んでくれているかのように、まっすぐと前、階段の向こうを見ている。
その優しさに、またじわりと胸が熱くなって、思わず口から言葉が零れた。



「だ、騙すつもりは、なかったんです、」
「……。」
「ただ、一度だけ、綺麗なドレスを着て、王子様とダンスをしてみたかったんです…、」
「…………そうか」
「本当は、こんな素敵な場所に来れる資格は私にはございません。魔法は全て、12時を過ぎた時に解けてしまいました。」
「そっか、」



凛と前を向く王子様を、一時とはいえ騙していた自分がとても卑しい存在に思えて、また涙が零れそうになったけど、下を向いて顔を歪ませて、どうにか耐える事が出来た。



「とても、幸せな時間でした。もう、王子様の前には現れませんので、どうか、手を離してください。」
「………」
「本当に、ごめんなさい…、」



王子様は私の言葉には答えずに、するりと掴んでいた私の手を離した。
重力に従うようにゆっくりと落ちていった手は、私の涙と共に静かな夜の中へとその身を落ち着けた。



私の願いは叶ったはずなのに、どうしてこんなにも胸が苦しいんだろう。



我慢出来ずに溢れ出た涙は、一歩を踏み出した王子様の背中を追って。
ひとつ、またひとつと王子様が階段を降りていく光景に、自分がしてしまった愚かな行為を悔やむ。初めて目が合ったとき、初めて声をかけられたとき、初めて手を引かれたとき、初めて笑ってくれたとき。もう、始まっていたんだ。私は、王子様を、好きになってしまっていた。



今更気付いてももう遅い。
でもたとえ気付いた所で、灰かぶりの私になんてどうすることも出来ない。



「なぁ」



伏せた睫毛と一緒に涙が落ちた時、ふいに王子様が私に声をかけた。
急なことに驚いて、返事も出来ず、数段下に立つ王子様の背中を見る。王子様はそのまま屈んで階段下から何かを掴むと、こちらを振り向いてニッと笑った。



「魔法、まだ解けてねぇみたいだぜ?」
「………、?」



何のことかわからずに、言葉を返せずにいると、王子様はくるりと身体をこちらに向けて階段をのぼってくる。
そして目の前に跪くと、私の前にガラスの靴を差し出した。



「な?」
「そ、れ」
「ああ。あんたの靴だろ?魔法のさ。」
「………はい、」



継ぎ接ぎだらけの中途半端なスカートから覗く、灰にかぶれた靴を履いていない方の足にそっとそれを履かせてくれる。
王子様が何を考えているのか全くわからないけれど、私は胸がいっぱいになってまた涙がこぼれだした。



「泣き虫だな、おまえ」



ぐいと涙で濡れた私の頬を片手で拭ってくれた王子様の手は、私のそれよりも随分大きくて、ふわり、と私の心を暖かくさせた。












(次は俺の願いが叶う番だと思うんだけどな)
(王子様の、願い事ですか…?)
(そ。まさか自分だけってわけじゃねぇだろ?)
(そんなこと…!でもどうやって魔法使いに来てもらえばいいのか…(おろおろ))
(大丈夫だよ。俺の魔法使いはあんただから)
(私、ですか?)
(うん。俺はあんたのこと、もっと知りたい。(耳元低音))
(………、!)






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