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うっかり先生





「じゃあ次ー。教科書58ページな」



そばかすがほっぺに乗っかっているエース先生は、いつも通り元気な声でクラスに向かって言う。
いつも笑顔で明るくて、生徒達の相談にも嫌な顔一つせずに乗ってくれる。そんなエース先生はもちろんクラスで、というか、学校でも人気の先生だ。


そして、皆には内緒だけど、私の彼氏でもある。
そういう関係になってしばらく経つけど、いつもぎゅってしたりキスしたり、そういう事をする人が、同じ教室で教壇に立って授業をしていて、しかもこの関係を知っているのは誰もいないという状況はいつまで経っても慣れないもので。



「皆ちゃんと宿題してきてるかー?当てるぞー」



皆が教科書を捲るのに遅れないように、私はチラリと盗み見ていたエース先生から目を離して、教科書の58ページを開いた。
そのページは練習問題が書いてあるページで、昨日の授業で宿題に出されたところだ。
私には難解だったけど、昨日エース先生と一緒にやったから一応完璧に終わっている。



「じゃあ、一問目は…」



にやにやと教室を見回したエース先生に、皆目を合わせないようにと視線をそらす。かく言う私も、別に目立ちたいわけじゃないから、すい、と視線を泳がす。だけど、やっぱりエース先生の事は見ていたいから、またちらりと一瞬視線をあげた。途端にバチリと目が合う。しまった、と思う間もなく、エース先生はにかりと私が大好きな笑顔を見せた。



「じゃあ一問目はミアな!答えは?」



ドキィっと心臓がひっくり返った。クラスもざわりとして、皆の視線が私に集まる。
それもそうだ。いつもは名字で呼ぶエース先生が、急に私の事を名前で呼んだから。

一気に顔が熱くなって、全身脈打つのを感じながら、もうこの世の終わりだと言わんばかりの気持ちでゆっくりと席を立つ。
凄く視線が痛いし、酷く長く感じられた時間だけどきっと一瞬しか経っていなくて、“どうして”と“たすけて”という意味を込めてエース先生をちらりと見たら、エース先生は一瞬しまった、と言う顔をして、それからいつもの顔に戻った。


私はというと、もうまさに涙目で、これからのこととか、エース先生が辞めさせられちゃうとか、色んな事をこの数秒で考えていて。



「おいミア、もしかして、わかんねぇのか?宿題、して来なかったわけじゃねぇだろ」
「……?して、きました、。」
「じゃあ、問1。答えは?」



なんで普通なの?また名前で呼んじゃったし、。
エース先生、バレちゃったんだよ?皆、私の方、見てるんだよ?



「ル、ルート、に、です」
「正解!答えは√2な!質問あるヤツいるかー?」



とりあえず、出てるか出ていないかの掠れた声で、昨日エース先生とやった問題の答えを言う。だけど先生はいつも通り答えが合っていることを皆に告げると、簡単に解説をして質問がないか聞く。
私はエース先生がどうして普通にしているのかわからなくて、混乱しながらも席についた。まだ心臓がばくばくと音を立てている。皆も質問なんてする人なんていなくて、少しだけまだざわりとしている教室は、とても居心地が悪い。

エース先生だけ、普通で、それが凄く理解出来なくて、どうしようどうしようとばかり考えていたら、今度はさっきよりもざわりと教室が騒がしくなった。今度は私の心がさっきとは違う風に跳ねた。だって、エース先生が他の子を下の名前で呼んだから。



「ん?なんだ?問2の答えだぞー?はるかー?」



固まってしまった春香ちゃんは、頬を少し染めていて。ぎこちなくも席を立つ。
だけど私はぽかんと口を開けたまま状況を完全に理解出来ていない。
一瞬、またエース先生と目が合ったけど、すぐに逸らされてしまった。でも先生の口元は右上上がりで、それはまるで私に“心配すんな”って言ってくれているみたいで。なんとなく、私はもう大丈夫だって安心してしまった。



「せんせー質問!」
「お、なんだタイチ?」



春香ちゃんが座ったのを見計らったかのように、今井くんが手を挙げる。それにも下の名前を呼んで返したエース先生は、今井くんに先を促した。



「何で急に下の名前で呼んでるんですか?」
「そりゃ、もっとお前らと仲良くなりてぇと思ってよ。ダメだったか?」
「…いや、ダメじゃないスけど……、」
「じゃあ問題ねぇな!質問答えてやったからついでに問3タイチ答えてみ?」
「えー!無理っす!!」



男女分け隔てなく、の、人気の先生に名前で呼ばれて嫌な人はこのクラスにはいないみたいで。というか、名前で呼んでもらえるってこっそり喜んでいた女子生徒も何人かいる。
クラス全員の疑問を解消した今井くんと、その彼に逆に質問を返して笑いをとったエース先生のおかげで、先程までのざわついた雰囲気はなくなっていつもの落ち着いた雰囲気が戻ってくる。私も、やっと胸をなで下ろした。



もう一度、エース先生を見てみる。
残念ながらその授業中にエース先生と目が合う事はもうなかったけど、それでも一瞬私に見せたばつの悪そうな顔が忘れられなくて、その日一日はにやにやと口元が緩みっぱなしだった。














(今日ビックリしました!あれ、わざとですか…?(じっ))
(ワリ、ついうっかりさ。いつもミアって呼ぶから癖で出ちまったっていうか…)
(誤摩化せたからよかったですけど、もう、ビックリさせないでくださいね)
(以後気をつけまーす(へらり))
(あと………出来れば、その、……他の女の子は下の名前で呼んで欲しくなかったです……。)






(よーし今井!この問題答えてみろ!)
(えー!先生昨日名前呼びって言ってたじゃないっすか!)
(もうやめた!(どーん))
(なんでっすか!(ビシッ))
(先生、彼女に怒られた!)
(((えーーー!!先生彼女いたの!??(ショック!!!))))
((怒ってないしー!てか何言ってんのエース先生のばかーっ))





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