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by the way, i'm taking her home.





「もう少し、寄れよ」



そう、隣から声をかけられて、へ、と間抜けな声を出してしまった。

私に声をかけたのは、イゾウ隊長で、私の想い人でもある。今の状況は、船縁に二人で並んで座っていて、私たちの距離は人一人分くらい。
決していい雰囲気だとか、そう言うのでもなく、ただ成り行きで二人で釣りをしているだけだったはずだ。



「え、っと、…、」



まさか隊長からそんな事を言われるだなんて思っていなくて、むしろこの状況だけで満足だったので、首を傾けながら隊長の意図を読み取ろうとする。



「こっち、来い」



だけど隊長はそんな私を無視し、人差し指をちょいちょいと動かし、再度近くへ寄れと言う。
なんだこれいきなりフラグ?な状況に、心拍数が上がりながらも、両手で支えていた釣り竿をぐっと握り直し、海へ落ちないように少しだけ、隊長の方へと寄った。



「あの、なにか……?」



私には少し重い釣り竿を器用に片手で支えている隊長は、片手を口元に寄せ内緒話をするように私に近付く。
今までにない距離感に、じわりと顔が熱くなった。



「お前さん、嘘吐いただろ」
「へ!?」



耳元でこそりと伝えられたそれに、動揺した。



「う、うそ、なんて、吐いてませんよ、!」



何を言うのかと思えば。嘘なんて、そんな。
イゾウ隊長とは会えば少し話をする程度の仲で、私が勝手に片想いしてるだけだ。今日もたまたま甲板で会って、一緒に釣りをするかって声をかけられたから、断る選択肢なんて皆無の私は二つ返事で快諾しただけ。



「へぇ」



自分の膝に肘をつき頬杖をしたイゾウ隊長はにやにやとしながら私を見上げた。



「ほ、ほんとです。嘘なんて吐いてません!」
「必死になるあたり、怪しいなァ」
「イゾウ隊長に、嘘なんて吐くわけないじゃないですか!信じてください!」



好きな人に嘘吐きだと思われるなんて、絶対に嫌だ。誤解があるなら解きたい。
だいたい、何に対しての嘘なのかすら私には見当もつかない。



「家族に誓って、嘘なんて吐いてません。」
「言ったな?」
「はい。誤解があるなら、解かせてください!」



むしろ釣りなんて二の次で、釣り竿の先になんて集中出来ない。
イゾウ隊長はククと喉で笑ったあと、さっき、と言葉を続けた。



「俺が釣り誘ったとき、なんて言ったか覚えてるか?」
「?」
「“お前さん、今から何か用事あるか?”」
「ああ、はい。覚えてます」



そう、確か最初そう声をかけられて、ないです!と元気よく答えた。



「あったろ」
「?」
「用事」
「???」



ない。そんなもの、イゾウ隊長から声をかけられた時点でない。
何の事を言っているかわからなくて、はてなマークを浮かべつつ隊長を見ると、隊長はまた喉の奥で笑った。
そんな隊長にわからないように胸をきゅんとさせていたら、にやりと今度は意地悪く笑った隊長と目が合う。



「隠したって、無駄だぜ」
「隠すも何も、用事なんて、」
「エースから何か頼まれてたろ」
「、!」



なぜ、それを。

驚きが顔に出ていたのか、隊長は私を見ると大きく溜息を吐いた。
イゾウ隊長の溜息が私に向けられているなんて、この世の終わりだ。先程まで高鳴っていた胸はどこにいったというように、今度はズキリと同じ場所が痛んだ。



「エ、エース隊長のは、そんな、用事なんて大それたものでは、」
「お前さん、人から頼まれたことをその程度に考えるヤツだったなんてな」
「そんなこと、」



本当の、本当に、エース隊長のは、大それたことじゃない。
用事と言える程のことでもない。だって、エース隊長が何を食べたいかサッチ隊長に伝えるだけなんだもん。そんなの、あとだっていいし、私にとってはイゾウ隊長と釣りとする事の方が数千倍大事だった。



「ミアは嘘吐きだな」



世界が止まった。
目の前が真っ暗だ。


イゾウ隊長から発せられた言葉は、そのくらい威力のあるもので。

確かに頼まれた事に大小付けるべきではないし、走ってサッチ隊長に伝えてから釣りをすれば良かったかもしれない。
でも舞い上がっていた私にはそんなこと考える余裕もなくて。エース隊長の本当にどうでも良いような頼まれ事は頭の端っこに放っておいた。



「そ、んなつもりじゃ、なかったんです、けど……」
「家族に誓ってとか言ってたのになァ?」
「……ごめんな、さい……」



今更遅い。
イゾウ隊長に嘘吐きだと思われてしまった。


この世の終わりってこんな感じなのかな。
じわじわとキリキリと胸が締め付けられて、目頭が熱くなってくる。
涙だけは零すまい。だけど。



「ま。どうせエースの事だからくだらねぇ用事だったんだろ」
「……、」
「なんだい。泣くような事ァ言ってねぇだろ」
「泣いてません……」



ぐっと唇を噛んで、そう答えた。

一瞬の間、イゾウ隊長は黙る。
隣からまた盛大な溜息が聞こえるんだろうな、なんて思ったけど、私の予想は裏切られて、イゾウ隊長のあの特有の笑い声が聞こえて来た。



「?」



なんで笑うのかなんてわかんなくて、零れ落ちそうな涙を必死で押さえて隣のイゾウ隊長を見た。



「別に、怒っちゃいねぇよ。ちょっとからかっただけだ」
「な、」
「だが、」



思いもしなかった返しに口を開けかけたけど、それは簡単に隊長の言葉で押さえられてしまう。



「これからが本題だ」
「…本題、」
「嘘吐きやがったら、海に落とす」



人半分くらいの至近距離で内緒話をするように声を落としてそう言ったイゾウ隊長は、真剣にも見えるし楽しんでいるようにも見えた。
私はそんなイゾウ隊長に押されて、ごくりと唾を飲み込む事で返事をした。



「ミアが俺の誘いにのった理由は?」
「は、?」
「釣りの誘い。断らなかった理由」



そんなの、隊長が好きだからに決まって、。



「隊長が、」
「……」
「…っ、」
「……」
「誘って、くれたからです、。」
「…不合格だ」



声を出す間もなく背中を前へと押される。
嘘だ。嘘だ。
私の身体はあっけなく船縁から滑り落ちて、ぎゅっと目を瞑った。



「……!!」



だけど、次に予想されるはずの水の感触なんて全く感じなくて、代わりに押された時から離れていない背中の温かさに気付く。もちろんそれは隊長の手で。
一度滑り落ちた身体はそのまま隊長の手ですくいあげられて、私は今隊長に抱きかかえられているのだと気付いた。一瞬の出来事で、無意識に私の手は隊長の服を掴んでおり着物にはしっかりと皺が出来ている。
隊長は器用にも私を抱えながら、反対側の片手にはしっかりと釣り竿を持っていた。こんな時まで余裕なんて、卑怯だ。



「た、たいちょ、」



怖かった。本当に隊長に嫌われて海に落とされてさよならされるんじゃないかって、怖かった。

皺になるのはわかっているのに、この手を離す事が出来ない。
隊長は相変わらずの澄まし顔だったけど、私は怖くて、落とされた一瞬驚きで引っ込んだ涙がダムが決壊したかのように流れ出た。



「次、間違った答え言ったら本当に落とすからな」



何をどう間違ったのかなんてわかんない。



「俺の誘い、断らなかった理由は?」
「イ、イゾウたいぢょうが好ぎだからでず…!!」



だけど、打算的な何かなんて考える余裕なんてもはやなくて、半ば叫び気味にそう本音を吐露した。



「…最初から、そう言やいいんだよ」



持っていたはずの釣り竿はどこへ行ったのか、隊長は今日一番の優しい声でそう言うと、ぎゅうと私を抱きしめた。



「たい、ちょ、!」
「ちょっと黙っとけ」



ぎゅう、と更に強く抱きしめられて、何か色々な物が溢れてきてわけもわからず声を上げて泣いてしまった私をそれでも離そうとしない隊長は、そのまま後ろに身体を傾け甲板に身を投げた。
それなりに高さもあるし、きっと、背中とか甲板に打ち付けて痛かったと思うけど、それでも寝転んだまま両腕でぎゅっと私を抱きしめる隊長は私が泣き止むまでしばらくそうしていてくれた。











(あ。おーい、エース!)
(ん?おお、イゾウ!んなとこで寝転んで何やって、って、ミア!?)
(グスン、…ひっく)
(泣いてんのか!?え?ちょ、何?(あせあせ))
(まー色々だ。てことでよォ、エース。)
((…てことで?)おう、どした)
(コイツ、俺の隊が貰ってくぜ(ニィ))
(はぁ!!???(何がどーしてそうなる!?))





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