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丁度1年前、いつも一緒にいた太陽のような私の愛する人が死んだ。
大好きだった。
厳密に言うと、今だって、大好き。



「…うぇ、まず…、」



広い海が見渡せるこの高台は、いつかエースと二人で来た場所。
ずっと一緒に。
そう二人で誓った場所。



「………つーか、温い…」



私の前には空になった酒瓶が両手では数え足りない程転がっている。
袋一杯に大量に買って来た酒は、残り数本を残す所となった。元々苦手な酒だ。慣れもしないのにちびちびと飲んでいたおかげで、冷たさがなくなった液体はこの世の物とは思えないくらい不味いものへと変貌を遂げる。



「あーあ。」



温くなってすっかり汗もかかなくなった瓶をくるりと回す。
自分が酒臭いのも、相当に酔いが回っているのも、自覚済みだ。でも、こんな日くらい、飲ませて欲しい。飲めない酒を限界まで飲んで潰れるくらい、許されて呵るべきだ。


だって、どれだけの時間が経ったって、乗り越えられない事もある。
サッチも、親父も、大切な仲間で、大切な家族だった。凄く辛くて心が張り裂けそうだった。たくさん泣いた。だけど、皆がいたから、家族がいたから乗り越えられた。
でも、エースは違った。あの馬鹿だけは、私の心の中で過去に出来なかった。
朝起きたらまたエースがいるんじゃないかって、この1年間で何回思ったか。
もしかしたら、今生きているこの世界がくだらない夢で、目が覚めたらまた笑顔のエースに会えるんじゃないか、なんて、馬鹿な妄想で現実逃避をしてみたり。

でも。

エースはどこにもいなかった。
あの日から、私の前には一度も現れていない。当たり前だけど。



「…あんたとの、あの濃い毎日を、どうやって過去にしろっていうのよ……」



ぽつりと呟いた私の声は生暖かい風にかき消される。
それがより、私の心を寂しくさせて、どうしようもない感情に胸が痛くなった。


過去にして乗り越えられないなら忘れてしまった方が楽。
なんて。そんな安直な考えでここに来たわけだけど。
酒で忘れるなんて、真っ赤な嘘じゃないか。
酔ってるはずなのに、思い出すのはエースの事ばかり。忘れるなんて、出来ないじゃん。酒のくせに、仕事を全うしろ。アホめ。


チ、と女の子らしくもなく舌打ちをして生温い酒をまた口に含む。
もう、なにもかもエースのせい。あの馬鹿が、勝手に死んじゃったりするから、私は飲みたくもない不味い酒を飲む羽目になったんだ。



「酒温くなっちゃったのも、酒が不味いのも、全部エースのせいだ。ばかやろー」



今度は風に持って行かれない程度に声を張り上げて言った。けど、それは目の前の海に静かに吸い込まれて行って、余計、心を寂しくさせた。



「……チ、」



何もかもクソだ。
またも舌打ちをした私は、そのまま両手を広げて後ろに寝転がった。右手から酒瓶が零れ落ちる。中身が流れ出ているみたいだけど、今更気にする事があるだろうか。どっちにしろ私はもう酒まみれだ。


ゆっくりと瞳を閉じてみる。
どうやら今の身体の移動だけでも十分に酒が回ってしまったみたいだ。
一度瞳を閉じてしまうと、やけに瞼が重く感じられる。もうこのまま寝てしまおうか。今なら、あと5秒、いや、3秒で寝れる気がする。



「……ミア、寝ちまうのか?」



パチリ。
と、効果音が付きそうなくらい勢いよく目を開いた。

だけど、目は真っすぐ空を見上げたまま。私の横で影を落とす男に焦点を当てられずにいる。ひどく懐かしい声に、動揺を隠せずに心拍数が3倍くらい跳ね上がった。もちろん、眠気なんて忘れた。



「おーい?無視とかミアのくせに、良い度胸じゃん?」



なおも話しかけてくる男に焦点を合わせずにいたら、痺れを切らしたのか、私の顔の真上に自分のそれを持って来て、そいつは自分の頭で隠してしまった太陽と同じくらいに眩しく笑った。



「……っ、」



じわり、と、胸に込み上げてくる何かに負けないように、歯を食いしばる。そして、思いっきり、息を吸い込んだ。



「エースッ!!」
「おう!」



にかっと笑ったエースに、我慢出来ず涙がこぼれた。一度流れ出したそれはもはや止める事なんて出来ずに、鼻水だって出て来ている気がしたけど、私は目の前のエースが消えてしまわないように、瞬きも惜しんで彼を見つめた。



「うわ、すっげーブサイク。つーか酒クサッ!」
「うっさい!」



まるで今朝ぶりかのようなエースの態度に、いらだちながらも私はエースを目で追う。

こんなこと、あるわけない。
きっと、さっき私は3秒じゃなくて、1秒で眠りについてしまったんだ。だから、こんな都合のいい夢を見ているんだ。



「人の夢に予告なしに出て来んな馬鹿エース」



だけど、嬉しい。
浴びる程酒を飲んだあとに、我慢出来ずに泣いてしまったものだから、鈍器で殴られたようにガンガンと頭が響く。夢のくせにやけにリアルだ。



「相変わらずすげー口悪ィな。てか前より悪くなってるし」
「黙れ勝手に私を置いてったくせに」
「う、……それ言うなよ」



ぽりぽりと頭を掻いたエースは、バツが悪そうに私の頭の横に腰を下ろした。
その仕草も、表情も、忘れた事ない。全然変わってない。



「エースの、馬鹿…」



ぽつりと呟かれたそれにはエースは何も返さずに、かわりに大きくて温かい手を私の額へとのせた。



「ごめんな、勝手に先に行っちまって」
「……」
「でも俺、後悔してねぇ」
「……知ってる。」



なんで遠くに行ってしまったエースがここにいるのか分からない。夢かもしれない。現実かもしれない。妄想かもしれない。
それでも、この一瞬、エースと居れることを、この1年間恨み続けてきた神様に感謝した。



「エース」
「ん?」
「会いたかった」
「…俺もだ」
「………じゃあ、」
「だめだ」



じゃあ、私も連れてって。



そう、言おうとしたのにな。
先にダメって言われてしまった。

ふ、と鼻先で笑う。



「まだ何も言ってないし」
「聞かなくてもわかるっての」
「自意識過剰」
「減らず口」



ああ、変わらない。
エースが、ここにいる。



「てかエースこんなとこで何してんの?暇人?」
「うっせ、………ミアが心配で来たんだよ」
「大きなお世話」
「ほんと可愛くねー」
「……どうせ、可愛くないですよー」
「うそ。可愛い。」
「………エースきもちわるい」
「…………。」



折角、頬染めてまで言ってくれたのに、こんな時まで素直になれない私はなんて阿呆なんだろう。
照れた時に顔を背けて不貞腐れたように口元を隠すのはエースの癖だった。
今も同じ仕草をしている隣に座る男が、彼が彼なんだという証拠で、また視界が歪んだ。



「ねぇエース」
「……んだよ?」



少しだけ頬を朱色に残したままエースは答えた。
どうやら私は、エースが隣にいることで随分と安心してしまったらしい。大きな手で頭をゆっくりと撫でられるその行為と、飲み過ぎた酒のせいでどんどんと瞼が重くなる。



「次は、いつあえる?」
「………」



ふ、と、エースが優しく笑った。
それに、先程まで虚しさとか切なさとかでキリキリと痛んでいた私の心が嘘のように軽くなる。



「次に会えるのは、ミアがしわくちゃのババアになった時だな」
「…エースは歳取らないのに、ずるい。それに、そんなに長く会えないなんて、……さみしい。」



重い瞼に逆らえず、優しく私を見つめるエースを端に、ゆっくりと瞳を閉じた。
ああ。馬鹿。お酒さえ飲まなければ、もっと起きていられてエースとも話せたのに。きっと、もうこの人とは会えない。すっと身体に教え込まれるように、そう、理解してしまった。



「ばーか。おまえは俺にたくさん土産話を用意しとけ。そしたらそんなん、すぐだ」
「…ふふ、うそつき、」
「それに、しわくちゃになっても、ババアになっても、俺にはおまえしかいねぇから。そこは、心配すんなよ」



そう聞こえたエースの言葉を最後に、私は意識を手放した。



ありがとうエース。来てくれて、ありがとう。
少しだけど、またあなたに会えてよかった。
目が覚めたらきっとあなたはもういないんだろうな。
でも、それでも、きっと、もう、わたしは、。











(ああ、おまえはもう、大丈夫だ)






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