マグ2つ
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普段怒らない人が怒ると怖いって、言うよね。
そう、今まさに私はその現場に直面しているのです。
「飲めば?」
「う、うん……。………ありがと、。」
目の前のテーブルに置かれた湯気の立っているマグをそろりと包む。
昨日は、コアラちゃんとガチで飲んでべろんべろんに酔ってしまった。そのまま部屋に帰るはずだったんだけど、酔うとさ、急に好きな人に会いたくなるんだよね。…てことで、サボの部屋まで行こうとしてたはずなんだけど、私の記憶はそこでなくなっていて。
気付いたら今朝。サボのベッドで寝ていた。
そして、今に至る。
「で?覚えてんのか?昨日の事」
いつもよりも低い声が部屋の中で静かに響く。
テーブルを挟んで目の前に座るサボは、いつもと同じようで、いつもと全然違う。纏う雰囲気は、いつもよりも格段に冷たくて重い。
「昨日は、コアラちゃんと飲んでたんだけど、たぶん、サボの部屋に着く前に、潰れちゃったんだと思う……。……ごめんなさい」
サボ相手に取り繕っても仕方がないので、そこは正直に話す。
普段私に対して向けられる事のない冷たい視線が私を射抜いて、反射的に目を逸らして手の中のマグを見つめる。
とても気まずい。
「俺がたまたまあそこ通りかかったから良かったものを…」
「……うん、ありがとう。…ご迷惑をおかけしました…」
こういう時は下手に出るに限る、と思う。
とりあえず、ぺこりと頭を下げる。
すると、サボは先程と表情は変えずに、深く溜息を吐いた。
あああ、気まずい。
というより、いつものサボじゃなくて、なんだか怖い。
「ミア」
「は、はいっ」
「…俺が怒ってる理由、わかってるか?」
………。わかってません。
なんて素直に言うともっと機嫌が悪くなりそうだから、とりあえず一番間違ってなさそうな理由を述べる。
「夜中に、迷惑かけちゃったから…?ベッド、占領しちゃったし……」
ちらりとサボを見上げると、眉間に皺を寄せてまた大きな溜息を吐いた。
どうしよう、違ったらしい。
てゆうか怖い。
「ち、違った……?」
「違う。」
「う、」
「ミア馬鹿じゃねぇの?」
「ご、ごめん」
冗談じゃなくて、結構マジな顔で馬鹿なんて言われたの初めてで、心臓がちくりと痛んだ。
もうコアラちゃんと飲むのは控えた方がいいのかもしれない。すっごい楽しいのにな。
「もし」
そんな事を心の中で思っていると、サボがまた口を開いた。
少しだけ棘のある声色に、瞬間的に身が固くなる。
「昨日ミアを見つけたのが俺じゃなかったら」
「……うん」
「どうなってたと思う?」
そう言って先程から手をつけていなかったマグをゆっくりと傾ける。
そんな彼の仕草を見ながら、私は口を開いた。
「えと、……廊下で朝まで寝てたかも」
「他には?」
「えーと、他の人に迷惑かけてたかもしれない」
「…………で?」
「え、……で、って…??」
サボの言わんとしている事がわからなくて、首を傾ける。
すると、サボは今日何度目かもわからなくなった溜息を吐いた。そして、ふっと呆れ気味に笑う。
「ま、結局見つけたのは俺だしな。今回は特別に許してやってもいいけど」
いまいち自分の何が悪かったのか、何がサボを怒らせたのか、心当たりがありすぎてはっきりとはしていないけど、サボの雰囲気が和らいだ事で、私も心が軽くなる。
「でも、やっぱお仕置きは必要じゃねぇ?」
けどニヤリと笑ってそう言い放ったサボに別の意味で恐怖を感じる。
まぁきっと、どんなに足掻いたって私にサボから逃げ切れる術はないのだろうけど。
「お、お仕置きですか…」
苦笑いでそう答えると、サボは面白そうに身を乗り出した。
「そ。じゃあとりあえず電気付けたままセ…」
「ごめんなさいそれだけは勘弁してください!!」
「ハハ、冗談だって」
そんな恥ずかしいこと出来るわけない。
焦って拒否すると、サボは笑って私の頭を撫でた。完全にいつものサボに戻ってくれたのは嬉しいけど、弄られるのは慣れていない。
「けどまー、飲む時は気をつけろよ」
「う、ごめんなさい」
「つーか、潰れるくらい飲むならコアラんとこ泊まってけ」
「はぁい、」
でもサボに会いたかったんだから仕方ないじゃん。
って言葉はなんとなく飲み込んだ。
「言っとくけど、許すのは今回だけだからな」
「飲み過ぎ?」
「違ぇよ」
さっきとは違う、温かい視線で「ばーか、」と言いながら私の額を弾く。
「俺以外の男に介抱されてるとこなんて見たら、本気で怒るからな」
「………」
反則だ。
サボのばーか。
別に痛くなんてないけど、私はしばらく弾かれたおでこを擦りながら赤くなった顔を隠すのに必死だった。
(ねぇサボ。もしそれがドラゴンさんでも怒るの?)
(誰であろうと関係ねぇよ)
(………(きゅん))
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