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不機嫌な彼氏





「さっき、サッチと何話してたんだよ?」



目の前には不機嫌顔のエース。
いつもはそんなこと言わないエースなのに、今日に限って、どうしてこんな事を言うのだろうか。



「な、なにって、……今日の晩ご飯についてだけど……、」



いつもと雰囲気が違いすぎて、少しだけ、緊張した声になってしまった。
変わらず不機嫌そうなエースは、怒っているのだろうか。あまり、私に対して「怒る」ということをしなかったエースに、私は今非常に焦っている。



「エ、エース、怒ってる……?」
「……べつに」



ひえー、怒っていらっしゃる、よ。これ、どうしよう。

内心、とても焦っていて、心臓はばくばくとなり落ち着きがない。
エースと付き合い始めてから、こんな事は初めてだ。

だんまりを決め込んだエースに、私はなす術もなく、机の上に散らばっていたレシピをそのままにゆっくりとエースに向き直った。

何がエースを怒らせてしまったのかはわからないけど、サッチ隊長との会話の内容に問題があったと言うのなら、包み隠さずそれを話してしまった方がいいのではないか。
サッチ隊長とは本当にいつも通りのなんでもない会話だったのだが、この雰囲気がなかなか私の口を開かせてくれない。
だけど、こうしていても埒があかないので、私は意を決してエースの方へと一歩踏み出した。



「あ、あの、ね。エース、」



少しだけ声が裏返る。緊張を押さえるようにきゅっと両手を握りしめると、じわりと手の平に汗をかいている事に気付いた。
ちらりと私の方を見たエースはその不機嫌な表情を変える事なく、いつもよりも低い声で「なんだよ」と答えた。一瞬、怯みそうになったけど、このままではどうしようもない。私はエースを怒らせるような事をしてしまったに違いないのだから。



「あ、あの。サッチ隊長との、こと、なんだけど、」
「………」
「今日のね、ご飯を、何にしようかって話してて、……でね、えっと、今日は海獣のお肉が手に入ったから、エースの好きな丸焼きとね、それと、それだけだと良くないから、緑のお野菜たっぷりのサラダとね、えと、」
「………それで?」
「そっ、それと、あ!わ、私、デザートにアップルパイを、焼こう、と……」



じろりと不満そうにこちらを見つめてくるその目に、心がどんどんとしぼんでいく。本当に、私は何をしてしまったんだろうか。

だんだんと元気がなくなっていく言葉に、ついに私の口は動く事を止めてしまった。その代わりに、じわりと目頭が熱くなっていく。



だって、わからないんだもん。
私、エースになにかした?



本当に、初めての事態にどうしていいかわからなくて、しんと静まり返った部屋の中で私はそのまま顔を俯かせた。





「……あのさ」



永遠にも感じられたその沈黙を先に破ったのは、エースだった。

エースはさっきの不機嫌な顔のままなのだろうか。呆れ返った顔なのだろうか、それとも、怒りを露にした顔なのだろうか。


その声からだけでは判断出来なくて、私は不安ながらも返事のかわりにゆっくりと顔を上げた。
だけど、そこにいたのは私の予想とは反していて、不貞腐れたようなでもばつの悪そうな顔のエースで。



「あのさ、」



一瞬ぽかんとしてしまった私なんて気にする事もないように、エースはもう一度先程の言葉を繰り返した。



「……おれ、」
「う、うん…?」
「………ミアこっち来て」



途中で言葉を止め、視線をそらしながら、首の後ろを掻きそう言ったエースに、私はクエスチョンマークを浮かべながら言われた通りエースのすぐ側へと寄る。今のエースからは先程の不機嫌さは微塵も見えなくて、本当に何がなんだかわけがわからない。

エースの目の前まで来ると、エースはちらりと私と目を合わせて、次の瞬間、ぎゅっと私のことを抱きしめた。突然の事に、心臓が跳ねる。



「ちょっ、え、エース??」
「うん。ごめん」
「え?え??」
「ごめん。…ワリィけど、もーちょっとこのままでいいか?」
「……う、うん」



そんな聞き方されては断る事など出来なくて、どきまぎしながらも、私はエースの広い背中へと手を回した。






少しして、エースはもう一度「ごめんな」と呟き、私を解放した。そのまま二人でベッドへと腰掛ける。



「……大丈夫?」
「おう」



色々聞きたい事はある。
エースのいつもとは違うこの不可思議な行動の理由とか、エースは何を怒っていたのかとか、ごめんって何とか。
だけど、何から話していいかわかんなくて、とりあえず私はエースの言葉を待った。



「……怒んねぇの?」



たっぷり1分はかけてぽつりと呟かれたエースの言葉はそれで、私は苦笑いしか出来ない。



「怒るって、私がエースを怒る要素ひとつもないんだけど、」
「いや、だって、おれ態度すげぇ悪かっただろ」
「それは、…エースが私に怒ってたからじゃないの…?」



さらりと聞きたかった事を告げた。平静を装っているけど、声に少しだけ力が入る。



「…ミアには怒ってない」
「……?」



意味が分からなくてエースの顔を横から覗き込む。
すると、チラリと私と目を合わせたエースは「あーもーやっぱ無理!!」と叫びながらくせのある髪を両手でくしゃくしゃと掻き回した。そして、勢い良く立ち上がると、私の前まで来て、そのまま床に正座をする。



「ごめん、おれ、妬いてた」



しっかりと私の目を見てそう告げるエースに、少しだけ理解が遅れる。瞬きをすることを忘れた私の目は、そのままエースの真剣な目に釘付けになった。



「妬い、てた?……って、」
「ミアと、サッチに。」
「………」



エースが、ヤキモチをやくなんて。今まで一度だってなかった。私がクルーの誰と仲良くしたって、お酒を飲んだって、そんなこと一度だって。
だけど、ただ夕食の話をした自隊長との会話だけで、どこにそんな妬く要素があったのだろうか。



「心、狭ぇよな……」



何も言わない私に、エースはしょんぼりと肩を落としてそう呟いた。と同時に、はっとする。妬いてもらえるなんて、嬉しくはあっても幻滅なんてするわけがない。



「そ、そんなことないよ、エース!ただ、ちょっとビックリしちゃって」
「びっくり?」
「だって、エース今まで一度もこんなこと言わなかったじゃん」
「まぁ、そうだけどよ、…んなこと言うなんて格好悪ィだろうが…」
「そうは、思わないけど、……でも今日だけヤキモチやくなんて驚いちゃって」



そう言うと、少しだけ気まずそうにまたエースは口を開いた。



「おれ、本当はいつも妬いてんだぞ」
「え?」
「ミアが他の男と話すたびによ」
「そ、そうだったの?」
「おう。けど、皆家族だし、束縛とかしたくねぇしよ、だから我慢してたんだけど」
「……う、うん」



どうしよう。さっきとは違う心臓のドキドキが身体を支配している。
膝の上に置いた手を無意識にきゅっと握った。



「今日、お前サッチと話してる時に、赤くなっただろ」
「……赤く?」
「何話してたか知らねぇけど、……照れてたっつーか、赤くなってた」
「………」
「話すだけなら、我慢出来るけどよ、その、なんつーか。今日のは、だめだ」



また不貞腐れたような顔をして呟くエース。
その眉間の皺が、まだ妬いているんだってことを物語っていて、エースに悪いと思いつつも、頬が緩んでしまった。



「エース、それね。たぶん、エースの事話してたからだよ」
「おれの事?」
「うん。サッチ隊長にからかわれたの」
「……にしては楽しそうだっだよな」
「ふふ、サッチ隊長に“お前いつも二言目にはエースだよな”って言われて、図星だったから恥ずかしくなっちゃって」
「……………たとえそーでも、おれ意外の前であんな顔すんの禁止」



下から見上げながら私にそう言うエースが好きすぎてどうしようもない。
だから、「ん、わかった」とそう返事をして、身を屈めて素早くエースにキスをした。



「エース、好き」


どうしてもそう言いたくなって、照れながらもその言葉を口にすると、やっと気になっていた眉間の皺を解放したエースは「おれも」と言って、今度は私に身を乗り出してさっきよりも深いキスをおくってくれた。









(エースがヤキモチやいてくれて嬉しい)
(んなもん日常茶飯事だっつーの)
(ふふ、私エースになら束縛されてもいいよ)
(……………後悔すんなよ?)
(……(あれ、何か背筋がヒヤリと……))





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