特別とか大切とか
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日付が変わるまで、あと2分。手元の本の活字を目で追いはじめてから もう軽く2時間は経っていた。
さして興味のなかったこの本を読んでいるのは、あの人が読んでみろと言ったからで。
言われるがままに借りたその本に目を通している私は意外にも影響されやすいタチらしい。
そろそろ彼がやってくる頃だろう。
そう思案して 彼が栞代わりに使っているらしい綺麗なサファイヤブルーの鳥の羽を挟み 本を閉じると、コーヒーを淹れる為に 備え付けの小さなキッチンへと移動した。
確か戸棚の中には、この間の島で購入した あの人お気に入りのコーヒー豆があるはずだ。
いい意味で海賊らしくない彼は 飲むコーヒー豆一つにでもこだわりを持っている。そしてまた彼が選ぶものは全て美味しいから不思議だ。
しばらくして出来上がったコーヒーをお気に入りのカップに注ぐと、挽き豆のいい匂いが鼻を掠めた。
あの人の部屋では嗅ぎ慣れたその匂いが、自室に立ち込めていることに少しだけこそばゆい気持ちになった。
先ほどからでてくるあの人…、つまりマルコと、恋人関係になって もう三年の月日が経とうとしていた。
月日の経過と共に ドキドキやときめきといった類も薄れていき、初めの頃よりも会う機会が減った。
それを寂しく思っていた頃もあったが、今ではもうそれにすら馴れてしまっていた。
同じ船にいても会おうとしなければ、中々会えないものだ。
そんなことを考えていると小気味良く扉を叩く音が聞こえた。
――入るよい。 と
聞こえた声に返事をすると、書類整理を終えた後なのか 眼鏡をかけたマルコが入ってきた。
『お疲れさま。』
「おう。久しぶりになっちまったな。」
『いいよ、別に。仕事忙しそうだったもんね。』
久しぶりに会ったマルコは何も変わらないけど、少し疲れているように見える。
部屋に入ったマルコは机に置かれた本に気づき、パラパラと本を捲り始めた。
「これ、読んでたのか?」
『あ、うん。
やっぱマルコが読む本はどれも難しいね。』
「そうかい。
じゃあ今度はお前でも読めるように、児童書でも買ってきてやろうかねい。」
『……失礼な。』
他愛もない会話をして、二つのコーヒーが置かれたテーブルを前に二人並んでソファへと腰掛ける。
『今日は前にマルコが言ってたコーヒー豆にした。』
「おう。匂いでわかったよい。
……んなことより、お前ェ」
マルコのその呼び掛けに振り向けば、マルコは私を覗き込むように見つめていた。
どうしたんだろう、と首を傾げたら、目にかかっていた前髪を優しく掻き分けられ、マルコの碧い瞳と目が合った。
『な、なに。どうしたの?』
「…目が充血してるよい、」
近くに見えたマルコの顔が心配そうに歪んでいるように見えて、少しだけ胸がドキっと音を立てた。
どうしたって言うのだろうか、見慣れてる瞳の筈なのに……。
『あれ、ほんと?ずっと本読んでたからかな。』
ゴシゴシと目の回りを擦るとその腕を掴まれ、
「あんまり擦るな。」
なんて優しく制されたもんだから、また どきまぎしてしまう。それを悟られないように 目を伏せたけど、それに彼が気がつかないわけもなく ふっと漏れ出たような笑い声が聞こえた。
「なに、照れてんだよい。今更。」
バカにしたように笑う彼に余計に私はとまどった。
マルコの言う通り、何を今さら照れているのだろう。
久しぶりに会ったからだろうか。マルコの優しい碧の瞳に映る私は、どこか恥ずかしそうだ。
「……お前にも 可愛いとこがあるもんだねい。」
ぽすん、と頭を撫でられる。
こんなことをされると私が余計に照れてしまうとわかっていてやっているのだからタチが悪い。
『そんなのマルコが一番知ってることでしょ?』
「よく言うよい。」
普段見せない悪戯っぽいこの笑顔に釣られるようにして私も笑った。
もうきっと、私の中でマルコという存在は
特別とか大切とかそんな次元の話じゃないんだと思う。
Thank you for blue sky!
親愛なるハナさまへ捧げます
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