ドア1枚分。
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朝気持ちよく目を覚ましぐっと背伸びをして、サンジ君に作ってもらった軽めの朝食とコーヒーを持って風の通る甲板へと出る。そこで午前中は好きな本を読むのが私の日課だ。
今日はそこにナミやロビンも一緒で、軽く女子会のようになっている。
「ミアは今日も物語?」
「うん。面白いよ」
「毎度毎度変わんないわねぇ」
「そういうナミも天候系でしょ。ロビンは難しいのだし」
「皆それぞれってことね」
ふふ、と笑ってロビンはぱたりと本を閉じる。何気なく見たロビンの本は表紙からして文字が読めなかったのだが、それはいつものことなのであまり気にしない。
それよりも、ロビンが本を閉じる時は読み終わった時か何かがある時なのだ。
確かさっきまで本の真ん中くらいを読んでいたから、きっとまた何かあったんだ、と目線をロビンの本からロビン本人へと移した。
「ミア、お客様よ」
「うげ、うるさいのが来た」
そうロビンが言ったと同時に私を呼ぶ元気いっぱいの声が聞こえてきて、ああ、やっぱり何かあったな、と悟る。そしてナミは遠慮なんてこれっぽっちもせずに面倒くさそうに顔をしかめた。
どうやら、私の朝の静かな時間はこの船の船長、もとい私の恋人のせいで終わりを告げたらしい。
「アンタの男なんだから、しっかり黙らせときなさいよ」
「そんな無茶な、」
ったく静かに読書も出来やしない、と愚痴をこぼすナミだけど、相手はあの他人の言うことを聞かないルフィだ。黙らせるなんて無理に等しい。
そうこうしている間に、ルフィは私たちの元までやってきて朝にしては大きすぎる声で話しかける。
「ミア!!釣りしようぜ釣り釣り釣り!!」
「ちょ、ルフィうるさ、……。」
子供のように目の前まで来てはしゃぐルフィを制止しようとする、けど、なんだかその場に不釣合いな匂いがして、思わず顔を顰めた。
隣にいるナミも思いっきり顔を顰めて、ロビンですら不快な表情を表している。
「………ルフィ」
「なんだ?」
「…。最後にお風呂入ったのいつ?」
「………?……、知らん!」
切実に、こんなのが恋人だなんて思いたくない…!!
「今すぐお風呂入ってきなさい!!!」
「えーー!めんどくせぇしやだー」
顔を背けて指を鼻につっこんだルフィに、ふるふると怒りが湧いてくる。
「入れ!」
「やだ!」
「入れ!」
「やだ!」
「入れ!」
「しつけぇぞミア」
「うるさい!最低でも2日に1回は入るって約束したでしょ!」
「知るか!おれはおれが入りてぇときに入るんだ!」
べぇ、とクソガキよろしく舌を出した船長に怒りが最高点に達する。
ルフィのことは好き。好きだけど。お風呂に入らないのは許せん…!!
「お風呂入らないなら、ルフィとはもう話さないから」
「なんだおまえ、ガキか」
「ガ…!ルフィが約束守らなかったからでしょ!」
「んな怒るなよ。じゃあミアも一緒に入ろうぜ。そしたら入る」
「はっ、入るわけないでしょバカ!」
「なんだよ、人がせっかく入るって言ってやってんのによー」
「だから入らないってば!」
「入る!」
「入らない!」
「入る!」
「入らない!」
「じゃー入らねぇ!」
「私だってルフィなんかと入るわけ…、」
やられた。
しししと笑うルフィに苦し紛れでその顔にパンチを入れる。ブベ、と変な声を出したルフィは鼻の頭を押さえながら不満げにこちらを見た。
「何すんだよ、いてーじゃねぇか」
「ゴムなんだから別に痛くないでしょバカルフィ」
「バカっつー方がバカなんだぞばーか」
「…ルフィだってバカって言ったじゃん、ばーーか!」
「……ミアの方がバカだろ、ばーーーか!」
「むかつく、ばーーーーか!!」
「こんにゃろ、ばーーーーーか!!!」
「やめんかアンタら!!!」
鬼ナミの声が聞こえたと思ったら、頭のてっぺんに衝撃が走って一瞬星が見えた。
気付いたら私とルフィがナミに殴られていたようで。ガンガンと未だ痛む頭を押さえてナミを見上げる。つい、ルフィとの言い合いに夢中になっていて、この鬼婆の存在を忘れていた。隣でくすくす笑っているロビンも同罪だ。それにしても、なんで私まで殴るのか。リアルに目に涙が滲んだ。
「ルフィ!アンタは早く風呂入ってきなさい!それまで帽子は預かっとくわ!」
「あ!おれの帽子かえ、」
「ミア!アンタは責任もってルフィを風呂まで連れてく!」
「なんで私が、」
「わ か っ た ?」
「「はい、」」
有無を言わせぬ鬼婆、もといナミの気迫に押されて、思わず二人で声をそろえて返事をしてしまう。
やっぱり、ナミは怒らせたらいけないんだ。
これ以上怒らせちゃたまらないと、「おれの帽子ー」と項垂れるルフィの手を取って、お風呂場まで連行する。
なんでお風呂ごときでこんなに嫌がるのかわからない。
それに、このバカのせいで私までナミに怒られた。
私のせいじゃないのに、と腑に落ちなくて、イライラとした雰囲気を隠す事なく歩を進めた。
ずるずるとルフィを引き摺っていくと、ナミ(というか帽子)が見えなくなった所でルフィが口を開く。
「なー、ミアー」
「…なに」
「鬼みてぇ」
私の顔を見てしししと笑ったルフィにまたイラッとして、お風呂場のドアを乱暴に開けてその中にルフィを押し込んだ。
「誰のせいだと思ってるのよ」
「おれだろ?」
「………わかってんじゃない」
すんなりと自分のせいだと認めたルフィに調子を狂わされる。
「…ちゃんとお風呂入ってよ」
「ミアは入んねぇのか?」
「はっ、入るわけないでしょ、!」
まだそんな事を言っていたのかこの男は!
そんなの、恥ずかしくて出来るわけない。
熱くなった顔を悟られないように、私は顔を背けた。
ルフィはそんな私を気にする事もないように「ふーん」と言うと、お馴染みの赤い服を脱ぎ始める。それにぎょっとした私は、早くここから離れなければと急いで踵を返した。
「とっ、とにかく!ちゃんとお風呂入ってから来てね!」
そう言い捨てて開けっ放しだったドアへと向かう。けど、それはあっけなくも阻止されて。
「待てよ、」と左腕を引かれて、気付けばドアも閉められていた。
急激に近くなったルフィとの距離に心臓が宙返りをしたような感覚になる。いわゆる、ドキっとしてしまった、である。
「別に、ここにいりゃいいだろ」
至近距離で目を見つめられて言われたら、私の身体は石になったように動かなくなる。
どうしたって好きなのだ、この男が。
「ル、フィ……、」
「ん?」
「………、く、さい、」
「…………おう、風呂入ってくる!」
頑張って絞り出したのが「臭い」って、と自分自身につっこみたくなったが、どうやらルフィがやっとお風呂に入ってくれるらしいので結果オーライだ。
ししし、と悪戯っ子のように笑ったルフィは「そこにいろよ」と私にもう一度釘を刺して、恥ずかしさで目を逸らす私を尻目にポイポイと服を脱ぎ捨て浴室へと消えた。
(ミアー!全部洗ったぞ!)
(じゃ、じゃあお湯に入って100数えたら上がっていいよ)
(100?めんどくせぇなー(ざぶざぶ))
(一緒に数えるから、文句言わないの)
(ししし、わかった)
((ドア越しの会話なら恥ずかしくないし、いいかも、…なんてね))
(ひゃーくっ!)
(…明日もちゃんとお風呂入ってね)
(やだ(ざばざば))
(……(まったくもう…))
(でもミアがまたこうやって一緒にいてくれんなら暇じゃねぇからいいぞー(ぺたぺた))
(…、わかった(なんだか、これはこれでルフィを独り占めしてるみたいで嬉しいかも))
(じゃー約束な!(ガラッ!))
(うん、約束!、って、キャーーーー!!(ルフィの馬鹿ー!!せめてタオル持っとけー!!))
(なんだようっせぇなー。あ、服ねぇや。同じのでいっか)
(……っっっ、!!(よくない…!!))
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