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酒の力でも借りねぇと





あの時。
ミアが背を向けたとき、空気が震えた。
それに気付かない程、俺も馬鹿じゃねぇ。でも声をかける事が出来ないくらいには、馬鹿だった。






「で。俺にどうしろってわけ」
「うるせぇ。どうにかしろ」



グラスに入った強めの酒を俺に渡しながらサッチは煙草の煙を吐き出した。



「つーかお前見た目によらずチキンだな」



ブハ、と笑ったサッチをひと睨みする。
強ち間違っちゃいねぇから、言い返す事すらできねぇ。



「苦手なんだよ、色恋沙汰は」



グラスを傾けて酒を喉に流し込めば、カァっと喉と食道が焼ける感じがした。ったく、何度の酒をストレートで飲ませてんだよ。



「でもラクヨウくんは好きなんでしょ。ミアの事が」
「………。」



にやにやとしたふざけた顔でこちらを見る。

馬鹿にしてんじゃねぇ。俺は真面目に相談してんだ。自称恋愛マスターなら、なんとかしやがれ。



「黙ってるイコール肯定。」
「……うっせぇ、」



もう一度にやりと笑ったサッチは今度は輪を作るように煙を吐き出した。何故コイツはこうも器用な事が出来るのか。少しはその器用さをわけてほしい。



「去年もウダウダしてて結局振ったもんな、ラクヨウ」
「…しかたねぇだろ、」
「わっかんねぇなぁ。両想いなのに」
「だから言ってんだろうが。苦手なんだよ」
「んなのミアだってとっくに承知でしょ」
「泣かせたくねぇんだ」
「バーカ、既に泣かせてんじゃねぇか」



返す言葉もなくて、今度は先程よりも多く、酒を喉に流し込んだ。



「酒に逃げたって、答えはでねぇよ」
「お前ならどうする」
「俺?俺なら速攻で大好きだよーってハグしてキスして食っちゃう」
「………。」
「…まぁ、ラクヨウには無理だろうけどな」
「大きなお世話だ」
「でも、マジな話、そのうちどこの馬の骨とも知れねぇヤツに持ってかれちまうぞ」



んなこと言われなくたってわかってらぁ。


もう一口、酒を飲んだ所で、食堂の入り口から知った声が聞こえる。噂をすれば、か。



「あれー。ふたりとも。遅くまで何やってんの?寝酒?」
「…そんなとこだ」
「ミアはどうしたんだ?何か飲むか?」
「ありがとサッチ。じゃあココアお願い!」
「リョーカイ」



とことことこちらへ歩いて来たミアはこの間の事はなかったかのように元気だ。

俺の前にいたサッチはミアに返事をしながら素早く煙草の火を消し席を立つ。女がいる前では吸わねぇのが、こいつのポリシーらしい。よくわからんが。

ミアは近くまで来ると、サッチと入れ替わりで俺の前の席に座った。



「うわ、またキツそうなお酒飲んでるね」
「お前は相変わらず甘党だな」
「寝る前は温かくて甘いものがいいじゃん」
「吐き気がするぜ」



うげ、と舌を出して見せると、テーブルに両肘をついて顔を両手で包むように支えたミアが楽しそうに笑った。



「…もう寝るのか?」
「うん。ココア飲んだらね」
「そうか」
「……ラクヨウもそれ飲んだら寝るの?」
「…まだわからねぇ」
「……ふぅん。珍しく忙しいの?」
「まーな。」



きっとサッチなら上手く会話を繋げて盛り上げるんだろう。
だけど俺はそんなスキルすらなくて、手持ち無沙汰にグラスの中の酒をくるりと回した後、また喉の奥へとそれを流し込んだ。



「ほい、おまたせ」



そんな雰囲気を断ち切るように俺達の間に置かれたマグカップはゆらゆらと湯気を立てて、しなりと伸びたミアの手の中に収まった。



「ありがとーサッチ!」
「どういたしまして」



嬉しそうにするミアは見ていて飽きなくて、でもその表情が向けられているのがサッチなのが気に食わない。まぁ、こんなのはこの1年間で何度も見て来たから自制の仕方くらいは心得ているが。



「んじゃま、俺はもう寝るなー」
「えー、サッチ行っちゃうの?」
「だって俺明日も朝早ぇもん。朝ご飯いらねぇなら別だけど」
「わ、いるいる!おやすみサッチ!」
「変わり身早ぇ」



呆れ笑いのサッチに、素直に謝るミア。ふたりのやり取りをぼけっと隣で眺めていたら、ちらりとこちらを向いたサッチと目が合った。と思ったら、次に目に映ったのはサッチがミアの頬にキスする瞬間で。一瞬の事で目を見開く。同時に怒りなのか後悔なのか何とも言えねぇ感情が沸き上がってきて、グラスを握りしめたままサッチを睨みつけてしまった。

頬を染めて「何すんの」と喚くミアにサッチは「ただのおやすみの挨拶だろ」と返す。サッチが食堂の入り口に行くまでミアは何か喚いていたみたいだったが、ついに諦めたのか俺の方へと向き直った。俺は咄嗟に気にしていない素振りをする。



「もー、サッチ冗談キツすぎ」
「明日殴っとけ」



チラリとサッチの方をもう一度見たら、真面目な顔でミアを指差して、その後俺を指差した。どんな後押しの仕方だ。心臓が保たねぇよ。
ミアに気付かれねぇように変なサインを俺に送った後、サッチはヒラヒラと手を振ってドアから出て行った。
それを確認して、俺はまたミアに目を向ける。



「まぁココア代と思う事にするけどさぁ」



むっとしつつもそう言うミアに、だったら俺が殴っててやる、と言いそうになるが、そうする権利は俺にはねぇと気付いて言葉を飲み込んだ。



「……どこの馬の骨ともわからねぇヤツ、ねぇ…」
「え?」
「…いや。こっちの話だ。」



呟いた言葉に首を傾けて反応するミアを見ながら、そんな事になっちまったら俺ァ一生後悔すんだろうな、と心の中で溜息を吐く。


言うなら今しかねぇ。
たぶん、今までたくさん傷つけちまったんだと思う。
きっと、これからも知らねぇうちに傷つけちまうんだろうな。
だけど誰かに取られちまうようなことだけは、何としてでも阻止してぇ。きっとそいつを殺しちまうからよ。

でもやっぱりサッチの言う通り、俺はチキンで。
全く言葉が浮かんでこねぇ。



「……難しい顔して、考え事?」
「……」
「相談なら、乗るよ?」



しまいにゃあ、当人に心配されちまってる。
ったく、笑いもんじゃねぇよ。



「一回しか言わねぇから、よく聞けよ」



サッチにキツい酒もらっといてよかったぜ。

グラスの中の酒を一気に喉に流し込んで、俺は未だ何を言うか決めてねぇ口を開いた。
















(おー、おはようミア、ってうわ!!なんだその顔!?)
(あー。サッチおはよう)
(…すっげぇ顔。目腫れ過ぎ。大丈夫か?(あのあと上手くいかなかったってことか?))
(うん、大丈夫。サッチありがとね)
(えーと…。とりあえず、どういたしまして(何このどうなったか聞けない雰囲気))
(………。)
(…………。)
(………むふふ、(にやり))
(…………紛らわしいんだよお前は(額チョップ))
(ごめん、嬉しくて昨日涙止まんなくなっちゃって(えへへ))
(ラクヨウは?)
(恥ずかし死にしてた!)
(んじゃ、後で茶化しに行くか)
(ふふ、お手柔らかにね(にこにこ))





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