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予期せぬお迎え





この土地の酒は、親父曰くとても美味しいらしい。
いつもは誰かがおつかいにくるこの島だけど、今回は近くを通ったからと船で寄り、ついでに停泊していくことになった。しかも長期滞在予定らしい。

私自身初めて来る島に、探検気分で島に降りた。



「イゾウさんも、くればよかったのになー」



今日は乗り気ではなかったらしい。
最近は、心なしか前よりも私の誘いに乗ってくれるようになった気がする。…気がするだけかもしれないけど。でもそれでも私にとっては色々と進歩だったと思うから、今回イゾウさんが来れなかった事は全く気にしていない。
どうせだから、親父とイゾウさんが喜びそうなお酒でも買って行ってあげようと、足取りは軽い方だ。


この島は活気があって楽しそう。
テラス付きのカフェに雑貨屋さん、流行の服屋さんにスイーツショップ。しばらくはここにいるのだ。イゾウさんだってきっと1回は一緒にデートしてくれるはず。これとこれには行きたいな、と目星をつけながら、ゆっくりと足を進める。

一通り街をぐるりと回ってから目当ての酒屋さんへと入って数本お酒を購入した。「お嬢ちゃん綺麗な服着てんなァ。おつかいかい?偉いねぇ」なんて店員のおじさんに話しかけられて少しだけ世間話をする。そうか、きっと傍から見たら着物を来てのんびり歩いている私は海賊には見えないのか。
これはこれで、敵から狙われることもなくて楽かも、なんて安易な事を考えながら上機嫌にお礼を言って店から出た。


どこからかふわりと鼻をくすぐる焼けたステーキの香りがして急に空腹を感じる。早く船に帰ってイゾウさんとご飯食べよう、と少し足早になった。早くしないと、イゾウさん先に食べちゃうかもしれない。
今日は外で飲み食いする人が多数だろうから、船のご飯は質素になるだろうな、なんて考えてクスリと笑った。
だけどそんな思考を邪魔するように、知らない声が横から私を止める。



「お嬢ちゃん、そんなに急いでどこ行くのー?」



突然聞こえて来た声に、にやにやと緩めてしまっていた頬をきゅっと引き締め、声のした方を見る。そこにいたのは全く知らない男で。一言付け加えるなら結構イケメンだった。



「えと…。どちら様ですか?」



面倒事は嫌いだから、どうせなら、と、か弱い街娘に扮してみる。そんな私にころりと騙されたのか、男は思った以上に馴れ馴れしく私に近付いて来た。
しまった。後ろは壁だ。既に色々と面倒かもしれない。



「今から暇だったら遊ばない?」
「…………、」
「俺可愛い子見たら声かけずにはいられないんだよね」



…マジか。マジでか。
元々戦える男には見えなかったけど、戦闘とか、そんなんじゃなくて、これは、マジでただ女に声をかけているだけ、だった、ってこと…?

へらりと笑う男に目が点になったまま反応が遅れる。何を隠そう、私男の人にナンパされた事なんて、ない。ただの一度も。だからイゾウさんと付き合ってるのも、奇跡なんだけど…。



「……私に聞いてる?」
「他に誰がいるのさ」



念のため、恥をかかないために確認をするけど、男はイケメンスマイルで肯定する。
うわー、どうしよう。イゾウさんという素敵な彼氏がいるにも関わらず、かなり嬉しいよこれは…!
つまり本当にこれは、私の女度が上がったってことで。素直にそれが嬉しくて頬が緩んでしまった。

それをどう勘違いしたのか、男は私の肩に手を回そうとする。だけど、それとこれとは話が別。私に触っていいのはイゾウさんだけなんだ。
近付いてきた男の手を捻り上げようと、抱えている酒が入っている袋を片手に持ち直して、 空いた手で男の手を押さえようとする。



「ま、もちろんお嬢ちゃんがいいならだけ…どブッ!!」



だけど、それよりも数瞬先に、私の視界から男が消えた。
へ、と一瞬息を呑んだけど、直後凄い音がした方に目を向けると真後ろの壁に頭をつっこんでいる男がいて。
パラパラと落ちて行く壁の破片が妙に耳について、衝撃から出た埃に少しだけ咽せる。



「イ、イゾウさん、…!」



押さえていた男の頭から手をゆっくりと離すとイゾウさんはこちらへ向き直った。ここにいるはずのない人の出現に、少しだけ驚く。



「絡まれてんなら、ちゃんとシメとけ。こんくらい出来ねェわけじゃねぇだろ?」
「そりゃ、出来ますけど、害はなさそうだったのでここまでするつもりはありませんでした」
「甘ぇんだよ、ミアは。」



そう言ってこの間よりも強く私の額を弾いたイゾウさんは、何事もなかったかのように「帰るぞ」と私を促した。

額をすりながら男の方をちらりと見ると、ぴくりとも動かないまま頭だけ壁につっこんでいて、生きているだろうか、なんて少しだけ心配してしまう。至近距離でイゾウさんに思いっきり頭を壁にぶつけられたのだ。少なともあのイケメン顔はもう保てていないに違いない。折角私の女度に気付かせてくれたのに、ごめんね、イケメンくん。心の中でそう謝って、今度はイゾウさんへと向き直る。



「そういえば、イゾウさんこんな所までどうしたんですか?」



置いていかれそうになって、酒の袋を両手で持ち直し小走りでイゾウさんの後を追いながらそう尋ねる。



「腹減ったから」
「?」
「腹減ったから、迎えに来た」



そう言って振り向いたイゾウさんは私の手の中にある袋を奪うと、また前を向いてスタスタと歩き出した。
取り残された私は、その言葉に胸がいっぱいになってしまう。
前だったらきっと、私の事なんて構わずに好きな時に自由に食べていた。タイミングが合った時はもちろん一緒に食べていたけど、決して、私を待っててくれたり、ましてや迎えに来てくれるなんて、なかった。

気紛れだって、なんだっていい。

ぶわわわ、と心の中が幸せな気持ちで沸き立って、自然と私の視線はイゾウさんの空いている右手にロックオンされる。



「イゾウさん!」
「あ?」
「手、繋いでいいですか!?」



緩む頬を押さえる事も出来ず、ハイテンションでイゾウさんの手に飛びつく。どうしよう、凄く嬉しい!



「…もう繋いでんじゃねェか、」



そう苦笑するイゾウさんを見ても、えへへと幸せ笑いしか出来ない私は、きっとたぶん、絶対、前よりもイゾウさんの事が大好きになってしまっているはずだ。






(ねぇ、貴方を変えたのは私?…それとも、ただの気紛れ?)






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