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ふたりだけの朝





早起きして朝イチで甲板に出て来た。
こっそりと布団を抜け出して、隣で眠るイゾウさんの頬に内緒でキスをして。着付けるのは面倒だから、またすぐに帰ってくるし、帯は適当にぐるぐるまいて前でリボン結びをした。これもイゾウさんには内緒だ。



「寒、」



まだ日の出前。
ひんやりとする空気と、ゆらりゆらりと揺れる船に自然と笑顔になる。
冷たい空気は、太陽が昇ればすぐに暖かなものへと変わるだろう。今日も天気は良さそうだ。



外に出て来たのには、別段理由はない。
時々、急に海を眺めたくなるのだ。船に乗っているから、いつでも眺められるんだけど。でも皆が寝静まっている時のこの静かな夜明けの海が一番好きだ。



「もうすぐ、かな、」



船縁に立ち、白み始めた空を見る。
海と空の境界線に光が見えたとき、ほう、と感嘆の息が漏れた。

朝はゆっくり派のイゾウさんといつか見たいなぁ、と思う景色。

イゾウさんの寝顔を見るのは嫌いではないから、わざわざ早朝に起こしたりはしないけど。
この太陽が昇りきったら、丁度いい時間だから、部屋に戻ってイゾウさんを起こして、久しぶりに一緒に食堂まで行こう。そこまで計画してむふふと口から幸せの笑みが漏れた。



「…朝っぱらからそんな顔して何考えてんだい」
「……!」



予期していなかった声にドキリと心臓が跳ねたと同時に、ふわりと柔らかい感触が首周りを覆う。



「イ、イゾウさん、」
「おう。」



短く返事をしたイゾウさんは私の隣に並ぶと先程まで私が眺めていた方を見る。
イゾウさんが巻いてくれたもこもこのマフラーに首を埋めながら、ちらりと隣のイゾウさんを見上げた。



「綺麗だな」
「……はい、」



イゾウさんと見たかったんですよ。
なーんて心の中で伝えて、ちょっぴりセンチメンタルに浸ってたら、にやりと笑ったイゾウさんがこちらを向いた。



「こんな良いモン、独り占めしてたのか」
「ひ、独り占めなんて、人聞き悪いですよ、」
「起こしてくれりゃあ良かったのによ」
「だって、イゾウさん朝遅いじゃないですか…」
「ミアに比べて、だろ」
「そりゃそうですけどー」



ぶう、とむくれてみせると、イゾウさんはおかしそうに笑った。
こんな風に笑うイゾウさんはなんだか珍しくて、私の心もふわふわと嬉しくなる。



「じゃあ、今度から起こします。ずっとイゾウさんと見たいって思ってたんで」
「そうだったのか?」
「はい!でもイゾウさんが寝てるのを邪魔するのが嫌だったので今までは一人で見てました」
「じゃあ、今度からは2人だな」



そう言ってまた優しく微笑んだイゾウさんにきゅんとした心を隠すように、私は目を水平線に戻して意地悪く口を開けた。



「だから、イゾウさんは起こしたらちゃんと起きてくださいね」
「………まァ努力はする」
「二度寝禁止です」
「………。」



イゾウさんは意外と朝が苦手。でもそれを知っているのはきっとこの船で数える程しかいない。
隊長っていう肩書きもあるから、私よりは遅いけど必ず朝起きて朝食にはくる。本人はかなり頑張っているみたいだけど。

渋い顔をして黙ってしまったイゾウさんに、クスリと笑みが漏れる。
だけどふと、今日はどうやって起きたんだろう、と不思議に思った。



「イゾウさん今日はこんなに早い時間に、どうやって起きたんですか?」
「そりゃ、…隣の熱がなくなりゃ嫌でも起きるだろ」
「……そう、ですか、」



なんだかくすぐったくて、ふふ、と笑ってマフラーで口元を隠した。



随分と高く昇った太陽に照らされて、キラキラと輝く海を見つめる。
静けさが広がる船がまた騒がしくなるまできっと後数十分。



「イゾウさん、皆が起きてくるまで、もう少しだけ一緒にいてください」



ちらりと上目遣いで訴えたら、くしゃりと頭を撫でられた。



「いや、皆が起きてくる前に、部屋に戻るぞ」
「え、………意地悪ですね」



折角久しぶりに静かで幸せな朝を迎えられたのに、と、むっとしてイゾウさんを不満げに見ると、イゾウさんは「アホか」と言って私の額を弾いた。



「ちょ、痛いですよ…!」
「そんな格好、他の奴らに見られたくねぇだろ?」
「そんな…?…あ。いや、これは、その……」



適当に結んだ帯に目がいって、ばつが悪くなる。
元々イゾウさんに見せるつもりはなかったのだ。



「解いてくださいって言ってるような結び方じゃあ、人様の前にゃあ出れねェよな」
「う…。すみません、」



誰にも見られないって思っていたから、っていうのは言い訳だ。
私もまだまだ古き良きには程遠いみたい。いつでもどんな時でも、綺麗に生きて行けるようにしなければ。



「ま、手抜きもいいが、それは俺の前だけにしとけよ」



項垂れる私にイゾウさんは自信ありげににやりと笑って、続けて「俺の特権だ」と言った。
そんな意地悪な表情さえも、私の鼓動を早めるには十分で。「当たり前です」とそう言い捨てて、照れた顔を見られないようにぎゅっとイゾウさんの腕に抱きついた。
そんな私にふっと笑ったイゾウさんは、そのまま私の頭にそっとキスを落とした。



ああ、もう本当に。
お願いだから、皆今日だけ寝坊してくれればいいのに。







((…たまには、早起きもしてみるもんだねェ))

((一番最初に起きて来たやつ絶対シメる…))






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