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ファミレスディナー





携帯のスクリーンを指で触って、画面を先へと進める。
駅前、先週ローさんと別れた場所で暇をつぶしはじめて数時間。
一方的な約束だった事は十分承知だし、まあ来ないかもとは思っているけど、今日は彼氏は忙しいし自分も時間はたっぷりあるのでこうやって携帯ゲームをしながら待っているのだ。
来た時はまだ太陽の光で明るかった駅前も、今はネオンの光だけで空は闇へと包まれている。星なんか見えない。



「お前、本当に待ってたのか」



頭上から呆れたような声が聞こえてきてゆっくりと顔を上げた。



「ローさん!」
「ああ、」
「来ないかと思った」



安堵感から、ほっと息を吐き笑ってみせると、ローさんは盛大な溜息をついた。



「来ないつもりだった。というか、たまたま通りかかったらお前がいて思い出した」
「ってことは忘れてたのね。なんにせよ、待ちぼうけにならなくてラッキーだったわ」
「…いつから待ってた?」
「んー、覚えてない」
「アホだろ」
「大丈夫。待つの慣れてるから」



にっと笑って携帯のサイドボタンを押して画面を消し、それをポケットの中へと押し込んだ。
待つのなんてへっちゃらだ。一日中外で待った事だってあるし。暇の潰し方なら誰にも負けないと思う。



「お腹減っちゃった。お礼、させてくれるんでしょ?」
「…ああ。俺も丁度何か食べようと思ってた所だ」



前回のローさんの失礼な態度から、なんとなく私も敬語を使う事をやめた。気にしそうな性格でもないし、怒られなかったし。

冷えた身体を温めるように大げさにローさんの前を歩く。
また断られるかと思ったけど、今日はちゃんとサロンのお姉さんに教えてもらったメイクをしてきたからか、ローさんは何も言わずに私の後をついてきた。
カランとドアを控えめに開けて、眩しく光る店内へと足を進めたと同時にじわりと温かい空気に包まれる。

声をかけてくれる店員に2名だと告げ、案内された席へと腰をおろした。



「どこに連れてくかと思えば、ファミレスか」
「なによ、そんな顔しなくたっていいじゃない。学生さんはお金がないの」
「だから礼なんていらねぇつったじゃねぇか」



チッと隠しもせず舌打ちをするローさんは気にせずメニューを広げる。
この私がフレンチでもごちそうするように見えたか。嫌味なヤツ。

数分メニューを流し見て食べたい物を決めてローさんを見ると、ローさんは既に決めてしまっているみたいで早々に店員を呼んだ。



「今日は怒鳴らないんだね」
「ああ?…まぁ、化け物から脱却したみてぇだしな」
「本当失礼だね、ローさん」
「ホントのことだろうが」
「はいはい。じゃあ、このメイクは似合うんだ?」
「…わるくはねェな」



ニヤリと笑ったローさんは、テーブルに片肘をついた。
まったく、素直に可愛いと言えよ。



「クク、可愛いとでも言うと思ったか」
「うわ、エスパー」



顔に出てたか。ちょっと恥ずかしい。

言葉を続ける事が出来なくて、少し間があいた後ローさんは頬杖で支えている顔を少し傾けた。



「化け物メイクより似合ってる。可愛い。」



至極当然のように、普通の会話のように、さらりとそう言ったローさんに、私はぽかんと口を開けたまま。予期せぬ言葉にトクントクンと鳴る心臓の存在だけは確認出来た。



「ちょ、なっ、」



何か反応を、と思ったけど、そんなこと言われ慣れていない私は焦ってしまって、意味をなさない音が口から漏れる。だけどそんな私を見て喉を震わせたローさんに、すぐにからかっていただけだと悟った。



「…ちょっと、性格悪いですよ、」
「なんだ、言って欲しいかったんじゃなかったのか?」
「別にローさんに言われたって嬉しくありませーん」
「まぁ、悪くないのは本当だ」
「………。」



なにコイツ。相当女慣れしてる?
不慣れな言葉に性懲りもなく高鳴った胸が、ローさんは女の敵だと教える。

運ばれてきた料理を冷ましながら、それを挟んで向かい側にいるローさんを見つめた。
目の前の男は同じように運ばれてきた料理を口に運んでいる。



「なんだ。何か言いたそうだな」
「べっつにー。ローさん女の敵っぽいなと思って」
「クク、強ち間違っちゃいねぇな」
「やっぱりー!彼女とかいつも泣かせてそう」
「彼女?…今はいねぇが、まぁ女に困ったことはないな」
「うわ何その俺モテます発言。痛いよローさん」
「ひがむな」
「うっわーむかつく…!もー、みんな騙されてるんだね。何でローさんみたいな暴言ばっか吐く人と…。かわいそー」
「男に良いように利用されてるお前に言われたくねぇよ」



流石にカチンと来て、キッとローさんを睨み上げた。大して効いてはないだろうけど。
私の彼氏ははっきり言ってローさんよりもかっこいいし、優しいんだからね!!



「はー。ローさんみたいなフツメンがモテるなんて世も末だね」
「………お言葉だがな、フツメンなんて言われたことねーよ」
「えっ、自分がイケメンだとでも思ってんの?私からしたらまぁ不細工とまではいかないけど、ローさんフツメンだよ。割と本気で」



まさかローさんが自分がイケメンだと思い込んでいる痛い男だったなんて。これは教えてあげないと可哀想すぎる。
ローさんの発言に、ムカついてたことも忘れて一瞬きょとんとしてしまったけど、これはマジでヤバいと思い、必死にローさんはフツメンだよ、あんまりナルシストしてると相当痛いよ、と教えてあげた。



「…お前は本当に人をイライラさせるのが上手いな」
「ローさん程じゃないよー」



じゃあさっさとお互いのために帰れば良いのだろうけど、ムカつくけど居心地が悪い訳じゃないので別に帰りたいとも思わない。
こんだけ失礼な事を言ってもローさんも帰ろうとしないし、きっとローさんも同じなんだろう。
ローさんは不思議な人だ。


もそもそとサラダを頬張りながらそんな事を考えていると、一足先に目の前の料理を平らげたローさんが、深く息を吐き出した。



「まあいい。そこまで言うんだから、お前の彼氏は相当な良い男なんだろうな」
「…!も、もちろん!」



そりゃもう、私の大好きな人は最高の男です!
へらりと頬を緩ませてマシンガンのように話しだそうとしたら、ローさんに「早く食え」と遮られた。これからが本番だったのに。
仕方なしに喉でつっかえてしまった彼氏自慢を残りのスープと一緒に飲み込む。



しばらく他愛もない会話をして、お腹いっぱいに食べて一息つくと、それを待っていたかのようにローさんは席を立った。
トイレかなと思ったけど、手に伝票を持っていたのが見えて、バッグとコートを引っ掴んで慌てて自分も席を立つ。



「ローさん!私払うから!」
「いらねえ」
「でもお礼だし。ってかおごりだから来たんじゃないの?」
「…んなわけねぇだろ」



アホか、とそう言うとローさんは無理矢理会計をすませてしまった。というのも、私が持っていた財布を取り上げてられてしまったので、自分からお金を出すことが出来なかったのだ。



「ほらよ」
「……見栄っ張り」



ピクッとローさんの口元が引きつって、気に障ったんだってことがわかる。けど、こっちだって払いたかったのに拒否されて複雑な気分だったのだ。
差し出されたお財布を渋々受け取り、先に外に出たローさんの後を追う。
また奢ってもらってしまった。少しだけ引け目を感じてしまって、申し訳程度にローさんのコートの袖を引っ張った。



「あ?」



不機嫌そうに振り向いたローさんに控えめにお礼を告げると、気にすんな、とそう言って駅に向かって歩き出した。
私も遅れまいとそれに続く。



「ローさん本当にありがとう。ごちそうさまです」
「…お前さっきからしつこい。高い飯でもねぇんだし、気にする程でもねぇだろ」
「え、でも男の人にごはん奢ってもらうとか初めてではらはらする」
「……………は?」
「あっ!てかこれって浮気になるかな?!やっぱ私払う!!」
「いやお前ちょっと待て。」



先を行くローさんが足を止めて振り向く。
眉間に皺を寄せて苦笑い。あ、やっぱりこれは浮気なのかな。どうしよう。



「まず俺はお前を女として見ちゃいねぇ。よってこれは浮気じゃない」
「え、そうかな?そうだよね!よ、よかったー」



それを聞いてほっと胸を撫で下ろす。けどローさんは他に言いたい事があるみたいで、心に余裕ができた私はそのまま聞いてあげる事にした。



「お前、彼氏の分の飯も払ってんのか?」
「え?なにそんなこと?もちろん払うよ?なんで?」
「……なんで、って………」
「普通じゃない?好きなんだから!」
「……………。」



当たり前じゃない!
そうとびっきりの笑顔で答えたら、何故だかローさんは脱力してしまったようで。
駅までの口数は大幅に減ってしまった。







(ローさん変なのー)




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