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公害女再び





仕事休みの日曜日、意図した訳じぇねぇが、あの駅の前を通ったら、遠くからかすかに俺を呼ぶ女の声がした。
そのまま無視して行く事も出来たが、覚えのない女の声につい声がした方を向いてしまって深く後悔した。
ぱたぱたと俺の方に向かって来るのはいつかの女で。金まで払って慈善活動してやったってのに、その顔は前に見たものと同じだった。
もちろん俺はこんな変な女と関わり合いになる気は毛頭ないので、すぐに踵を返して今見た光景を見なかった事にする。



「ちょっ、待ってってばっ!」



先程よりも近くから聞こえたそれに、少しだけ歩調を早める。頼むから俺に構ってくれるな。

だが、そんな俺の願いも虚しく、女は俺の隣まで追いついてきた。軽く息が切れているのも気に食わないし、顔がまた元のバケモノメイクに戻っていることも腹立たしい。



「ローさん、でしょ?」
「……人違いだ」
「いやいや、こんな長身いませんから」
「俺に喋りかけるな公害女」
「ひど!やっぱりローさんだよ。口悪っ!」



顔を歪ませた女の顔は更に悲惨なものとなって俺の顔も歪ませる。
また歩調を早めると、今度は小走りでついた来た。高いヒールが歩きにくそうにカツカツと音を立てる。



「私、お礼の電話したんですけど。何で出てくれなかったんですか?」
「あ?電話?いつだよ」
「この間会った日!勝手に帰るんだもん。しかもお会計勝手にしてるし」



不服そうにそう言う女はなおも小走りで俺についてくる。
そう言えばあの日の夜知らない番号から着信があったかもしれない。女といたから出なかったが。



「俺は知らねぇ番号からの電話は取らねぇんだよ」
「は!?それじゃ番号教えてくれた意味ないじゃないですか!」



目を大きく開いた女につられて大げさに施されたメイクが俺を見る。怖ぇんだよ、この公害女が!



「大体お前は何でメイク変えてねぇんだ。あそこのメイクは気に入らなかったか?」
「ううん、すっごく気に入った!」
「……じゃあ何でまた化け物に戻ってんだよ」
「ほんっと失礼だなぁー。だって彼氏がこっちのが好きなんだもん!」
「一生言ってろ。公害だから外に出て来るな」
「もー、ローさんってモテないでしょ!流石に暴言ばっかって傷つくんですけど」



冗談じゃねぇ。生まれてこの方、“モテない”なんて言われたことはない。
別にこの公害女にモテたいなんてミジンコ程も思っちゃいねぇが、こんな女にそう思われた事自体が癪に障る。

忙しく動かしていた足を止め、小走りの女の腕を掴み女の動きも止めた。



「いたっ!もー、女性には優しくって習わなかったの?」
「俺の前にいるのは化け物だが」
「やめてヘコむわ」



面と向かってここまで言われたからか、気持ちしょんぼりとしてみせた女は、急にハッとして俺を見上げた。



「そうだ!お礼しようと思ってたの」



さっきまで敬語だったはずなのに、既にその面影すらなくなり段々と馴れ馴れしくなってきているこの女を本気で視界から消したい。



「…礼はいらない」
「別に聞いてないって。私がお礼したいの!」



化け物メイクに満面の笑み。頼むから消えろ。俺の隣に立つな。
こんな所知り合いに見られたらどうしてくれるんだ。俺だって女は選ぶぞ。



「あとサロン代、払うから、いくらだったか教えてくれる?サロンのお姉さん教えてくれなくって」
「アレは俺が勝手にやった事だ。お前に払ってもらいたくてやったわけじゃない」
「でも、」
「でもじゃねぇ。金はいらねぇ。払いたいならもう一回サロンに行って人間に戻って来い」
「ホントひどいなぁ…。そんなにこのメイクだめなの?」
「鏡見ろ宇宙人」
「ついに地球外生命体!」



悲観すべき所なのに、ぷっと噴き出したこの女は本当に頭のネジがぶっ飛んでるようだ。



「まあいいや。これから暇?お礼に御飯ご馳走させてよ」
「俺はお前みたいな年下の女に飯奢ってもらう程困ってねぇ」
「そういう事じゃなくて。お礼だってば」



眉を吊り上げて「何でわからないかな」と言う女にプチッと血管が切れる音がした。



「わかってねーのはてめぇだろうが」
「なによ…?」
「俺と1分以上話をしたければまずそのおかしな顔をどうにかしろ」
「ちょ、ローさん失礼すぎだよ。大体この顔は元からです!セクハラ!」
「…以上だ。これ以上俺に話しかけるな。絶対についてくるんじゃねぇ」



知能の低いサルと戯れるのは疲れる。
即踵を返して、足早にその場を離れる。

後ろから公害女の慌てた声が聞こえたがそれも無視。
ついてくるなと釘を刺したがどうやら素直にそれを実行しているらしい。強情なんだか素直なんだかわからねぇ。変な女。



「も、ちょっ!ローさん!わかった!ちゃんとしてくるから!お礼させてよ!来週日曜この時間!ここね!約束!!!」



人ごみに紛れる瞬間、公害女の叫ぶ声が聞こえたが、当然俺がそれに答える事はなかった。





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