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センチメンタル




誰もいない甲板の隅で膝を抱えて意味もなく足先を見る。
気付かないうちに辺りは随分暗くなっていて、人もいないし、きっと時刻は真夜中過ぎ。
はあ、と大きく溜息をついて、何度目かわからない疑問をまた自分自身投げかける。



“何で隊長は私を副隊長なんかにしたんだろう”



その答えは何度考えても出てこない。
失敗ばかりで本当に自分が嫌になる。
隊員だった時は、隊長に憧れて、背中を追っかけて、やりたいように自由に生きた。
だけど、副隊長になったからには、その行動にも責任が伴う訳で。

もう一度、深く溜息を吐く。

完璧にしようと思えば思う程、空回る自分に殆嫌気がさしてくる。


そんなぐるぐるとした答えのでない思考に入り込んでいたから、誰かが自分の側に来ていることになんて全く気付かなかった。
気分も落ちているし、人と話すのも少し億劫ではあったので、目だけで相手を見上げると、そこにいたのは酒瓶を片手に持ったイゾウ隊長で。普段であれば元気よく挨拶して笑顔を振りまく私だけど、今日はどうしてもそんな気分になれなくて。「どうも」と一言言って視線を足下に戻した。



「いつにも増して落ち込んでんな。隊員達が心配してたぞ」



クツクツと面白そうに私を笑い、許可もなく私の隣に腰を下ろす。
もちろん、隊長にNOといえる権限なんて私にはないんだけど。



「隊長は、なんで私なんかを副隊長にしたんですか」
「…さてなぁ」



ふとさっきの疑問を本人にぶつけたくなって、率直に、そう聞いた。だけど返って来たのは答えをはぐらかす言葉で、私の欲求はこれっぽっちも満たされなかった。

隊長は何を話すでもなくただ私の側にいて。時折持って来た酒を傾ける。

別に雰囲気に押されたとか、隊長に促されたとか、沈黙が苦しかったとか、そんなんじゃないけど、しばらくそのまま足先を見つめていたら自然と言葉が滑り出てきてしまった。
一度口を開いたら、堰を切ったように出てくるそれを止めることなんて出来なくて。

頑張りたいのに上手くいかないこと、そんな自分が嫌なこと、皆に迷惑をかけてしまっていること、折角副隊長にさせてもらったのにこんな自分じゃ隊長に申し訳ないこと、不安不満愚痴、汚い考えまで全部さらけ出してしまった。


隊長は何も言わずに時々相槌を打ちながら聞いてくれていたけれど、全て話しきった後に、少しの沈黙が流れた。
とても居心地が悪い。そしてバツが悪すぎて隊長の顔も見ることが出来ない。


あーあ、やってしまった。
こんなつもりではなかったのに。これじゃあ、副隊長を下ろされても文句は言えない。
また、自己嫌悪になり膝の上に頭を乗せた。



「全部吐き出したか?」
「…はい。すみません」



隊長の顔なんて見れなくて、膝に頭を埋めたまま曇った声で答える。



「別に、謝ることじゃねぇだろうが。」
「いいえ。隊長の貴重な時間を無駄にしました」
「いつも通りだろ」
「う…。迷惑ですよね、すみません」
「クク、今日はとことん落ちてるな」



また笑われた。
けどそれに少しだけ場の雰囲気が和んだ気がして、埋めていた顔を少しだけ上げて、また視線を足先に戻す。



「飲むか?」



脛の前に酒を差し出されて、嫌でも目に入って来たそれは、隊長が先程まで飲んでいたもの。
それを無言で受け取りのどに流し込んだ。



「…隊長暇なんですか?」



思ったより強いお酒で、飲んだことを少しだけ後悔しながらも、手の甲でくいっと口を拭って酒瓶を隊長に返した。
隊長はそれを受け取って、そのまま酒を喉の奥に流し込む。



「暇じゃねぇ。お前の話を聞くのに忙しい」
「ええー、そんなこと誰も頼んでないですよ」
「いや、これも俺の仕事のうちだ」
「…」


仕事って…。だったら余計、いらないですよ。


…って、あれ、なんだこれ。
なんか心の中がもやもやしてる。



「別にいいのに。他の仕事もあるんだし、そっちしてくださいよ」
「ミア、お前拗ねてんじゃねェよ」
「別に、拗ねてないです」



また隊長はクツリとのどを鳴らす。
何がそんなに面白いのよ。私は全然面白くなんてなくて、見ていた足先の爪を無意味に触った。



「そう、気を張るな」
「別に私は、…!」



そんなつもりはない、そう抗議しようと隊長が来て初めて顔を上げたら、同時に隊長に頭を掴まれ意味もわからず左右に振られる。先程の酒の効果もあってぐるぐると脳が回る感覚を感じた後、今度は急に隊長に引っ張られてそのまま甲板に倒れ込んだ。
ごちんと頭の中で音がして、鈍い痛みとともに自分が後頭部を打ったことを知る。



「ちょ、たいちょ、」
「お前はぐちゃぐちゃと考えすぎだ」



後頭部の痛みと、未だぐるぐる回る脳に、さっきまで何考えてたかなんて忘れてしまって、隊長の馬鹿野郎なんて心の中で悪態をつく。だけど、起き上がるのも面倒くさくて甲板に四肢を投げ出したまま隊長を睨んでやろうと目を開けたら、目の前に満天の星が輝いていて思わず息を呑んだ。



「…、」
「足元ばっか見てんじゃねぇよ。上見りゃあ、いい事だってあんだろ」
「…ホントだ」



目の前に広がるきらきらと光る星のせいで、うっかり敬語を使うのを忘れてしまった。
だけど今はそんなこと気にならないくらい、目の前に広がる景色が美しすぎて。



「別に俺の仕事を押し付けたくて、ミアを副隊長にしたわけじゃねぇよ」



落ち着いた声でゆっくりとそう告げるイゾウ隊長の言葉も、今は素直に耳に入ってくる。
しばらくぽかんとアホみたいに口を開けて空を眺めていると、隊長は私のおでこに手を置きそのまま頭を一撫でした。



「お前さんの仕事は、その持ち前の性格で隊を盛り上げてまとめることだ」
「…なんですかそれ」
「俺にできねぇことを、ミアがやりゃあいいんだよ」
「まあ、イゾウ隊長は盛り上げ隊長ではないですよね、確かに」



先程の自分が嘘のように、穏やかな気持ちで言葉を繋ぐ。

私の目はなおも上を向いている。


綺麗だな。こんなキラキラした星空に今まで気づかなかったなんて。


さっきまで何も目に入らないし、何も聞こえなかったのに、今は不思議。
とても静かで穏やかで、波の音が気持ちを落ち着けてくれて、隊長の声が心地いい。
なぜかわからないけれど、素直に隊長の言うことを聞けるようになった私は、続けて隊長に話しかける。



「私が隊のモチベーションを上げたら、隊長は楽になりますか?」
「そうだな、やるときはしっかりやるやつらだが、普段からもう少しまとまりがあれば助かる」
「言うこと聞かない荒くれ者ばっかりですもんね」
「ああ」



隣から、コクリ、と隊長が酒を煽ってのどを鳴らした音が聞こえた。
その音に、ゆっくりと星空から目を離して、隣に座る隊長を見上げる。



とくん、とくん、



自分の鼓動がやけに大きく聞こえる。


綺麗、だな。
こんなキラキラした人に今まで気づかなかったなんて、。


自然と、そんな考えが頭を占めてしまって、不思議なことに今度は隊長から目を離せなくなった。



とくん、とくん、



私を見下ろす隊長の顔はとても優しい。



とくん、とくん、



「たいちょう」
「なんだ」
「ありがとうございます、」



口をついて出て来たのはこんなありきたりな言葉。
いろんな感情が一気にわき上がって来て、ぽろりと出てしまった、可もなく不可もないよく使われる言葉。




この人を尊敬していた。
ずっとこの人みたいになりたいって思ってた。
今も、間違いなく尊敬しているし目指す人はこの人がいい。
だけどその想いは今日少しだけ形を変えた。



「期待してるぜ」



くしゃりと笑って私の頭をもう一度撫でた隊長に、きゅうきゅうと私の心臓は締め付けられる。



できる範囲でやればいいんだ。
100%以上のことなんて隊長はかけらも望んでいない。
いきなり出来るようになろうなんて、それで焦って失敗して自己嫌悪して。馬鹿だ。
少しずつでいい。時間がかかるかもしれない。
それでも努力しよう。


明日から、少し早く起きて書類の整理の仕方を覚えよう。
マルコに相談して、書類の書き方を覚えよう。
隊のみんなともっと仲良くなろう。
苦手だけど、お茶の淹れ方を覚えよう。
鍛錬を増やしてもっと強くなろう。
少しでもこの人が動きやすいように、周りを良く見よう。



だって、気づいてしまったんだ。



隊長みたいになりたいってずっと思ってた。
だから、隊長に追いつくためなら何だって出来た。
馬鹿だから、真似ばっかりしようとした。だから失敗もたくさんした。

だけど、気付いてしまったんだ。

私の欲求のためじゃない。
この人みたいになれなくてもいい。
この人“と”生きてみたい。
この人のために、何かしたい。


憧れる心を押しのけて、
この人みたいになりたいって、我武者羅に努力してきたことも忘れて。
キラキラと輝く星がただの背景になるくらい素敵に見えてしまった隊長に、そう願ってしまった。
この人がいれば、何もいらない、と願ってしまった。





静かに聞こえる波の音に輝く星たち。
酒と隊長と鼻の先にある潮の臭いが染み付いた甲板。
何だかセンチメンタルになってしまって、きゅっと隊長の着物の裾を掴んでしまったけど、隊長は何も言わずにまた酒瓶を少しだけ傾けた。




(この時間がずっと続けばいいのに)





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