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イケメン誘拐犯




昨日は結構長く付き合って結婚も考えていた彼氏から、好きな人が出来たとあっけなく振られた。
今日は朝からゴミ箱ひっくりかえして、フライパン焦がして、洗濯物外に出して出かけたら雨降って、急いで帰ったら滑って転んで水たまりに突っ込んだ。
2日連続の不幸に私の機嫌は今最高潮に悪かった。



「それは、災難だったねぇ」
「災難なんてもんじゃないですよ…」



午後から入っていた本屋のバイト先で、店長が笑いながら慰めてくれる。



「まあまあ今日はずっと店番だから、悪い事が起ころうにも、そう簡単には起こらんじゃろ」
「だといいですけど…」
「大丈夫大丈夫。じゃあ、わしはちょっと出かけて来るから、後は頼んだよ」



はーい、と手を振り店長を送り出す。
店長が見えなくなったところで、はぁと溜息を吐く。昨日から溜息しか出してない気がする。
仕事する気もおきず、店内を気怠げに見渡してから、カウンターに戻り、だらだらと新しい本のオーダーチェックを始めた。



「おい」



ふいに声をかけられて、顔を上げた。
いけないいけない、お客様に気付かないなんて。
いつもは営業スマイルを振りまいて接客するが、今日はそんな気分にもなれなくて、顔を上げただけで返事もせず用件を言うよう促す。

あ、でもこの客意外とイケメンだ。まぁ私には関係ないけど。



「………まぁいい。」
「…(なにさま?)」
「この本を探している」



客は本のリストが書いてある紙を私に見せた。
内容を読んだ瞬間、無意識に「げ」と発した私の小さなつぶやきが聞かれたらしい。
客は片眉をあげ眉間の皺を増やした。
別にクレームになろうが構わない。なんでこんな日にこんな面倒くさい本買いにくるのよ。アホか。



「…医学書ですね」
「見てわかるだろ。馬鹿なのか?」
「……この本でしたらあちらの棚にございますよ」
「………」



イケメンのくせに口悪すぎだろ。
むかついたので、リストが書いてあるメモを笑顔で客に押し返し、医学書があるコーナーの方を指差す。



「…お前、いい度胸だな」
「申し訳ございません。今私一人しかいないので、カウンター離れるわけにはいかないんですよ。あっちにあるんでご自身でお探しください」
「俺に指図するな」
「(はあ?)指図なんてとんでもない、お願いしてるんですよ」



客に睨まれしばらく沈黙が続く。
もう何とでもなれな今の私にとっては別に痛くも痒くもない。
不意に、客の口元がニヤリと吊り上がった。
なによ、やるの?今なら私海軍大将でもぶっ飛ばせるくらい機嫌悪いんだから。あんたに勝ち目はないわよ。顔だけの男のくせに何でも思い通りになると思ってんじゃないわよ。



「お前、死にたいのか?」
「そんな、滅相もないです」
「早く持ってこい。この店を壊されたくなかったらな」
「あら、脅しですか?海軍呼びますよ」
「呼びたきゃ呼べよ。この島の海軍はさっき潰してきたから来ねえと思うが」
「はあ?(いくらなんでもその嘘はないだろ…)」
「はやくしろ。俺は気が長い方じゃねぇ」
「…わかりました。ではすぐに海軍をお呼び致しますね」
「無駄だって言ってんだろ」
「あ、もしもーし。海軍さん。変なお客さんがいるので助けてください」



馬鹿な客は無視して、でんでん虫で通報する。
が、でんでん虫は騒がしくわあわあ言って、最後に“悪いがそれどころじゃない”と切羽詰まった顔で言って勝手に切れてしまった。



「え、えぇぇぇー…。これダメでしょ海軍さん。クレーム入れちゃうよ私…」
「ククッ、無駄だと言っただろ」
「ホントムカつく客…………あ、今声に出てました?」
「ばっちりな」
「それは失礼」
「思ってもいねぇくせに」



この客、本当になんなの。
さっきはイライラしていたみたいだけど、今は私の反応をみておもしろがっているようで、更に私の機嫌は悪くなる。



「はあ、もう、私忙しいんです。さっさと本買って帰ってください」
「いや、本はもういい」
「は?」
「お前を連れて行く」
「…はぁ?頭おかしいの?」
「頭沸いてんのはお前だろ。だか、気に入った」
「気持ち悪い。帰ってください」
「ミア、か。悪い名前じゃねぇ」
「うわきも!なんで人の名前知ってんのよ」
「名札つけてんだろ馬鹿か」
「ホントむかつく!まじで帰ってください。今すぐ出てって。」
「おいベポ!!」
「聞けよ人の話!」


私の事は無視で、外に向かって声を掛ける。
ベポ?連れなの?じゃあそいつに本探させればよかったじゃん。イケメンのくせに頭回らないアホが医学書とかホント笑わせるんだけど。

外から「アイアイキャプテーン!呼んだー?」と元気な声が聞こえ、なんかわかんない巨体が店に入って来た。



…は?熊?



「って人じゃねーし!熊!?」
「く、熊ですみません…」
「つーか喋ってるし!」
「熊が喋ってすみません……」



なんなのこれコント?
しゅんと項垂れる熊を一瞬可愛いと思ってしまうが、それを頭の端に無理矢理追い込む。
また変なのが増えてしまった。



「ベポ、こいつを船に乗せる。連れて行け」
「え、キャプテン女の子船に乗せるの?皆喜ぶね!」
「ちょっと待って私何も言ってないんだけど。てか船って何?」



私の言葉はやっぱり無視して、客は背を向け外へと歩き出した。
あ、帰ってくれるならそれでいっか、と口から出そうになった文句を引っ込める。
すると、いつの間に背後に回ったのか、さっきの熊がいきなり私を担ぎ上げた。



「うきゃああ!!」
「あ、ごめんね、驚いた?」
「なになになになに下ろして怖い高い!!」
「船についたら下ろしてあげるね」



バタバタと暴れる私を気にする事なく熊はさっきの客の後をついていく。



「ちょっと待ちなさいよそこの馬鹿!」



暴れてもびくともしないので、力ずくで下りる事は諦め、元凶の客に向かって叫ぶ。
が、見事に無視してスタスタと歩く姿に最高潮に達したはずのイライラがメーターを振り切って爆発した。



「待てって言ってんでしょーがこのハゲ!!」
「女の子なのに口悪いね」
「熊は黙ってなさい!!」
「すみません…(しゅん)」
「ちょっとあんたなんなのよ!これって誘拐っていうのよ!」
「……ぎゃーぎゃーと五月蝿い女だな。俺に目を付けられたんだ。あきらめろ」



ぴたりと歩を止め振り返りこちらを見据える。
あまりにもまっすぐな視線に、少し臆してしまった。



「あ、あきらめろって言っても、今の状況についていけないんですけど…」
「俺はお前を気に入った。だから船に乗せる」
「つまり私はどこに行くの?」
「この世界の果てだ」
「(きもい)やっぱりアンタ頭おかしいとしか思えない。下ろして」
「いちいち口答えするな。これは決定事項だ」
「お断りします」
「お前に拒否権はない」



…なんかこのやり取りも不毛だと思えるようになってきた。
慣れ親しんだ街だし、離れたくはないけど、意外とこの客は頑固だし熊の手も振りほどけなさそうだし。
彼氏にも振られたし、彼が新しい恋人と一緒にいるところも見たくないし。


もう、ほんと、どうでもいいか。



「……わかった」
「なんだ、急に素直になったな」
「もう別にいいわよ。どこへでも連れてって。でもごはんはちゃんと食べさせてよね」
「当たり前だ」



どうせ船に乗るなら豪華客船がいいなぁと思う。
イケメンだし、喋る熊飼ってるし、横暴だし、お金持ちかもしれない。うーん、豪華客船、あり得るかも。


急に静かになった私に満足し、また足を進めようとした客に、まだ名前を聞いていなかった事を思い出して声をかけた。



「そういえば、あんたの名前まだ聞いてないけど」
「………トラファルガー・ローだ。」
「僕たち海賊なんだ。ハートの海賊団!」




トラファルガーって言ったら、本屋にも貼っていた手配書にある。
なんで気付かなかったの私!
、ってことは海軍の話もあながち嘘じゃないかも……



てゆうか、海賊なんて あ り え な い !!






「………………。やっぱりやめます!帰してください!!!!!」







(無視して歩くなバカ離せ!!チクショーやっぱり今日は最悪の日だ!!!)









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