約束
「馬鹿でしょ」
「はい、すみません」
腕を組んで怖い顔でこっちを見下ろしてくるハルタに、苦笑いをしながら答える。しばしの沈黙の後、ハルタはベッドに座っている私の包帯の巻かれた場所を撫でた。
別に私が悪いわけでもハルタが悪いわけでもないけど、無言で不機嫌を表すハルタに苦笑しか出来ない。
今日事故に遭ってしまったのはたまたま。別に大事にもなっていないし、少し大げさに包帯を巻かれただけなんだけど、連絡をしたハルタは病院まですっ飛んで来た。心配をさせたいわけじゃなかったけど、待ち合わせをしていたのがハルタだったから、少し遅れると連絡を入れたらこんな事になってしまった。
「あの、今からでもデート出来るよ」
「はぁ?」
どうやらかける言葉を間違ってしまったようだ。
不機嫌に拍車をかけてしまった。
「だから、そんなに酷くないし、別に入院とかじゃなくてすぐ帰っていいって言われてるし、」
「馬鹿?入院するほど酷かったら、相手殺してるよ?」
さらりと怖い事を言う。入院で相手殺してたら、私が死んでたらどうなったんだろう。
もともと笑顔で暴言吐くような人だから何を言っても驚かないけど、今日は全く笑っていない。流石に怒らせてしまったか、とちらりとハルタの様子を窺った。
「…怒ってる?」
「そう見える?」
「まぁ、」
組んだ腕と無表情はそのままそう聞いてくるものだから、私はまた苦笑いでそれに答えた。
どうしたらいつものハルタに戻ってくれるだろうか。
「ハルタごめんね、」
「……」
またじろりと見られた。
「心配、かけたよね」
「…心配どころの話じゃなかったんだけど」
「すみません…」
ハルタの視線が痛くて、目をそらす。
するとハルタは、はあと深く溜息をついて腕を解いた。そのまま私の頭をくしゃりと撫でる。
「ホント、ミアは馬鹿だよね」
「返す言葉もありません、」
別に、今日の事故は私のせいでは全くないんだけどね。
だけど、怖いハルタは嫌だから、くしゃりくしゃりと髪を掻き回されても文句は言わない。
「どんだけ、心配したと思ってんの」
「ごめん、なさい…、」
あと5回はこのやり取りが続くだろうなぁ、と、内心溜息を吐いて顔をあげると、そこには眉間に皺を寄せた、でも苦しそうな顔をしたハルタがいて、思わず息が詰まった。
つられて、私も眉を寄せる。
「そんな顔、しないで」
「無理。顔見るまで、不安だった」
「もう、同じ事は起こらないから、」
「…約束」
「うん、約束」
もう事故らないなんていう保証なんて全くないけど、こんな顔のハルタなんて二度と見たくない。だから、そのためなら、不確かな事でも確かな事にしてみせるよ。
そっと包むように抱きしめてくれたハルタが、今まで以上に優しくて、彼の肩越しにふっと笑った。
(歩ける?)
(余裕!)
(じゃ、帰ろうか)
(え、帰るの?デートは?)
(馬鹿はどうやっても治らないんだね)
(ひどい…!だって楽しみにしてたんだもん)
(怪我が完璧に治ったらね)
(う…、)
(返事は?)
(…はぁい(むー))
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