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っせぇことなんて、気にすんな




ぷるぷると震える手でしっかりとトレーを持ち、船内を進む。


明日の仕込みの手伝いも終わってキッチンを出ようとした時に、サッチ隊長に呼び止められて本日最後の仕事を言い渡された。
このお茶とお菓子をイゾウ隊長の部屋に持っていくこと。今日は遅くまで仕事があるらしいイゾウ隊長に、サッチ隊長が気を利かせたようだ。


イゾウ隊長の部屋の前で深呼吸をする。面識はあるけど、仲がいいわけではないから緊張する。
静かに3回ノックをすると、中から「入れ」と声をかけられた。
零さないようにトレーを支えてゆっくりとドアを開けて中に入る。



「失礼します」
「…おまえは、」



机から顔を上げ、そう発したイゾウ隊長は作業をやめ私の方へと向き直る。
緊張で背筋が伸びた。



「確か、サッチんとこの…」
「あ、はい!4番隊のミアです」
「ミアか。どうした?」
「あの、サッチ隊長が、これをイゾウ隊長に…」



持っているトレーを少し上に上げてイゾウ隊長に見せる。



「お茶と、お菓子です」
「ありがてぇな」



微笑して言うイゾウ隊長にほっと一息吐き、それを机まで持っていく。
だけど、イゾウ隊長まで後少しの所まで来たとき、事件は起きてしまった。



「にぎゃっ、!」



自分で自分の足につまずいて前のめりに倒れる。何もない所で転ぶ事はよくあるけど、何も今転ばなくったってと心の中で悪態をついた。
イゾウ隊長にお茶をぶちまける前にトレーだけは死守したいと思ったけど、自分の身体も制御出来ないのにそんなのコントロール出来るはずがない。手を離れていくトレーとともに目をきゅっと瞑った。



「…ったく、そそっかしいなァ」



転んだときのまま心臓は大きくなり続ける。身体を支えられている感覚にゆっくりと目を開けると呆れ顔のイゾウ隊長が目の前にいて私を受け止めてくれていた。手には私がさっきまで持っていたトレー。つい先程までイゾウ隊長は椅子に座っていたはずなのに。イゾウ隊長はニンジャだったのか。あまりの身のこなしにこちらも呆然とイゾウ隊長を見ていたけど、すぐにハッとしてイゾウ隊長から離れる。



「あの、すみません!ありがとうございましたっ」
「ああ」



さも気にしていないと言うようにイゾウ隊長はトレーを机の上に置いた。
どうやらお菓子は無事のよう。お茶も、少しだけ零れているけど、ちゃんとまだ中身が入っている。
だけど、ふと机の上の書類に目を向けて愕然とした。きっと隊長がトレーを受け止めた反動でお茶がトレーの外まで零れてしまったのだろう。机の上に出していた書類が濡れている。



「たたっ、たいちょう、…!」
「どうした?」



青ざめてイゾウ隊長を見る私に、隊長は怪訝な顔で返事をした。



「ごっ、ごめんなさい…!!」



タオルなんて持ってこなかったし、涙声になりながら、服の袖で濡れた所を急いで拭く。



ああ、何で私はいつもこうなんだろう。
何もない所で転ぶし、お茶は零すし、昨日もジャガイモの皮を向いてたらいつの間にか手を切ってたし、忘れ物はよくするし。ドジでバカで。ほんと、嫌になってしまう。



「おい、服が汚れるだろうが」
「でも、」



もうほとんど拭いてしまったけど、一拍置いてイゾウ隊長の手が私を止める。
ぱしりと掴まれた手は力強くて私の手はぴくりとも動かない。
ばつが悪くて俯く私の上から落ち着いたイゾウ隊長の声が聞こえる。



「ただの紙だ。置いときゃ乾く」
「でもお仕事で使ってる書類じゃ…」
「乾きゃ問題ねェよ」
「でも、汚してしまってごめんなさい」
「……お前さん、いつもこうなのか?」
「え?」



イゾウ隊長の言葉の意味が分からず首を傾ける。



「別に転んじまったんだから仕方ねぇだろ」
「だけど、私がもっと気をつけてれば」
「鬱陶しいな」
「…、」



泣きたくないけど、目にじわりと涙が溜まって眉が下がってしまう。かろうじて涙が溢れる事はないけど、失敗だらけの自分が本当に嫌だ。
本当はイゾウ隊長みたいに思うのが普通で、サッチ隊長は優しすぎるから私を叱りつけたりはしないんだ。



「す、みません、」
「謝るのは今後禁止だ」
「…は、?」



零れそうな涙と戦っていたけど、予想外のイゾウ隊長の言葉にきょとんとしてしまう。



「謝罪は、本当に悪い事をしたときで十分だろ」
「だ、から、私…、」
「鬱陶しい」



その一言で私の次の言葉は奪われて、口を閉じたままイゾウ隊長を見上る。
するとイゾウ隊長は私の目の前に立ち、ニヤリと笑うと、私の目にかかりそうな前髪を強引にすくいあげた。そのままそれを懐から取り出したピンか何かで頭の上に止める。
視界が開けた私は急に恥ずかしくなって顔を隠そうと両手を出したが、それよりも先にイゾウ隊長に両腕を掴まれて阻止されてしまった。



「たいちょ、」
「そっちの方がお前さんには似合ってるみてェだぞ」
「!」



沸騰したように顔が熱くなって顔が見えないよう俯いたけど、隊長に「俺を見ろ」と言われて羞恥心を押し殺してそろりと上を見上げる。



「俺達は何だい?」
「し、白ひげ海賊団、です」
「そうだ。ミア。お前さん、もっと自分に自信を持て」
「…、」
「ちっせぇことなんて、気にすんな」
「小さい、こと、」
「親父の名を背負うならもっとでかく構えてろ」



視界が開けたからか分からないけど、そう力強く言うイゾウ隊長はとてもキラキラして見えて、胸がドキドキとなった。



「髪はあげとけよ」
「恥ずかしい、です」
「じゃあ後ろ向きになりそうな時はあげてろ。前がしっかり見えてねェと自信はつかねェからな」



私の手を解放して、満足げに私の頭をなでるイゾウ隊長に勇気をもらって、少しだけこの嫌いな自分にバイバイ出来るかもしれないと口元が緩んだ。






(あ、イゾウ隊長!お茶もう温くなってる、。ごっ、ごめんなさい!私取り替えて、)
(だからそれがちっせぇっつってんだろォが)
(でもお茶は熱い方が美味しいですよ!)
(……そうだな)




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