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。手、かせよ。




忙しいお昼の時間が過ぎて、片付けも終わった3時過ぎ。夕食の準備を始める前までの少しの間が私の休憩時間。
湯気が出るマグカップを片手に、食堂の隅に座った。
一口紅茶を飲み、ほっと一息吐くと、愛用のハンドクリームをポケットから取り出す。少しだけ手の甲に出して肌に馴染ませてゆく。


私は自分の手が嫌い。


水を触るからだろうけど、お世辞にも綺麗とは言えないこの手がコンプレックスだ。
綺麗にクリームを馴染ませて、目の前に両手を出してまじまじと眺める。
うん、不細工。
ナースさんみたいに、すらりと綺麗に伸びた手のようになりたいけど、残念ながら生まれ持ったものをかえることは出来ない。
この手と一生を共にしていかなければならないのだから、少しでも好きになった方が特なんだけど、見れば見る程溜息が出てしまう。



「なーに辛気臭い顔してんだよ?」



ふと目の前の椅子を引く音がして顔を上げると、ちょうど2番隊隊長のエースが話しかけてきたところだった。何を隠そう、私の想い人。
いきなりの事にびっくりして前に出していた手をテーブルの下に引っ込める。



「エース、。ごはん食べたから、甲板でお昼寝でもしてるのかと思ってた」
「ミアが終わる頃かと思って来たんだよ」



エースは思わせぶりな態度を取るのがとても得意だ。
そんな事言われたら、勘違いしちゃうよ。



「辛気臭ぇ顔してなに考えてたか、当ててやろうか?」



向かい側の席に腰を下ろしたエースは、にやりと自信ありげにこちらを見る。



「当てられないよ、」
「当てたら、俺の欲しい物くれ」
「うーん、…いいよ」



どうせ夕食のリクエストとかなんだろうな。
たくさん食べてくれるエースは好きだから、どんなリクエストにも答えよう。材料の使い過ぎはサッチ隊長に怒られるから十分に気をつけなきゃ。

そんな事を考えていると、エースはテーブルの上に右手を乗せた。手の平を上に向けて、私に何かをくれと言っているような仕草に、はてなマークを浮かべる。



「ん。手、かせよ」



ドキッと心臓が跳ねる。



「や、やだっ」



首を横にふってエースの言葉を拒否する。
手なんて、コンプレックスの塊。それを好きな人に見せるなんて無理だ。



「いいから、手。はやく」



人の気も知らないエースは言葉を続けて私を急かす。
それでも手を出そうとしない私に、痺れを切らしたのか、物寂し気な右手はそのままにエースは口を開いた。



「ミア、自分の手嫌いだろ。さっき考えてたのはそれ」



……当たってる。



「図星だろ」
「……なんで知ってるのよ?」
「ずっと見てたから。」



ほらまた。期待するような事言って。
分かってるのに鼓動を早める私は馬鹿だ。



「俺はミアの手、好きだぞ」
「見た事ないくせに」
「料理してる時に見た」
「うそ、」
「ほんと」



確かに、エースは調理場まで食べ物をもらいによく来る。でもそのたった短い時間に、たくさんいるコックの中の一人の手なんて見る?



「左手の中指、ちっせえけど火傷してるだろ?水触ると痛そう」
「…うん、痛い」



無意識にひりひりしている中指の傷を親指の腹で撫でた。
見てたっていうのは、本当なのかな。



「でも料理してるミアの手、俺は好き」
「それは、どうも」
「荒れててもカサカサでも好きだ」
「なに言って、」
「でも、一番好きなのは小さくて可愛い手をコンプレックスだと思ってるミア」
「…、」



一際大きく跳ねた心臓に、自分自身がびっくりした。
今、なんて言った?

目の前のエースは照れ隠しのようににっと笑うと、再度右手を私に向けて来た。



「俺、マジだからな。ミアも同じ気持ちなら、…手、出して」



どくんどくんと心臓が耳の隣にあるみたいに鳴る。
目はエースからはなせない。持ってきた紅茶はきっともうぬるくなってるだろう。

絶対エースには見せたくないって思ってたのに、私もエースの事を好きだから、何でか分かんないけど、自然と私の手がエースの右手に向かう。そろりと自分の手をエースのそれに重ねる。
重ねた手が、きゅっとエースの手で包まれて、同時に私の胸もきゅっとなった。



「……当たったから、ミアもらうかんな」
「…うん」
「はなさねーから」
「うん」



おずおずと握られた手を握り返すと、エースは太陽のように笑って握っていた手を引っ張った。そのまま私の指先にちゅっとキスをする。
一気に体温が上昇した私のことなんておかまいなしに、そのままこの機を逃すかとでも言いたげにエースは私の手をまじまじと眺めた。上昇した体温とは反対に今度は不安でそわそわとしてしまう。するとエースはもう一度私の指先を唇に当て破顔して私に爆弾を落とした。



「近くで見たらもっと好きになっちまった」



現金な私はそんな言葉ひとつで自分の手が少し好きになってしまったんだから、もうどうしようもないと思う。



「やべぇ、すげぇ嬉しい。ミア、好きだ」
「…手が?私が?」
「どっちも。ミアは?」
「私も、エースすき、」



テーブルを挟んで、ふたりでふっと笑った。
明日から私の休憩時間は少しだけどきどきが増えそうだ。





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