アイス物語
ピコピコとコントローラーを親指で押しまくる。
ソファの両端に座ってお互い無言で続けられるゲームはもうすぐ終止符が打たれそうだ。
無言なのは、別に喧嘩しているからとかではない。
今日はふたりともオフ。
普通ならふたりでお出かけデートなのだろうけど、長い付き合いの私たちはそんな時期は過ぎてしまった。
むしろ寒くて外になんて出たくない。
今日はぬくぬくと家の中で過ごすのだ。
金欠カップルの私たちは、普段暖房なんてつけないけど、今日はふたりとも家にいるからって事で久しぶりに贅沢をしている。
冬に暖房をつけて薄着で部屋にいるなんて、なんて贅沢なんだ。
ちゅどーん、とポップな感じで音を鳴らしたテレビに溜息をついた。
勝負事となったら容赦のないエースに打ち負かされて、伸ばした足でエースを小突く。
かくいうエースはこちらを向くと、勝利のドヤ顔。むかつく。
「ちょっとは手加減してよねー」
「手加減したらしたでミアは怒るだろうが」
笑ってそう言いながら、エースは私が出した足を掴んだ。そのまま足裏マッサージをしてくれる。
「んんー、気持ちいい」
「寝んなよー」
じゃあ寝そうになることしないでよね。
気持ちいいから言わないけど。
ふと、「あ、そう言えば」と冷凍庫に入っているアイスの事を思い出す。
本当はこっそり食べてしまおうと思ってたけど、エースと一緒に食べようかなぁと思い直して取っておいたのだ。今がその時に違いない。このぬくぬく暖房の中でアイスなんて贅沢すぎる。
「ねー、エース」
「ん?」
「アイス取って来て」
「お、いいな!」
上機嫌でソファから降りてキッチンへと入っていくエースに、やっぱり取っておいて良かったと口元が緩んだ。
「…あれ?アイスねぇぞ?」
「え?そんなはずないけど…」
がさごそと冷凍庫をあさる音の後にエースの声が聞こえて、まさかのアイスがない宣言に疑いの目を向ける。
「まさか、…エース食べたんでしょ」
「いやいや、俺じゃねぇし」
怪しい…。
昨日のお昼には絶対に、あったもん。
「だって私じゃないもん。エース前科あるし、説得力ありませーん!」
「マジで俺じゃないから。ミアじゃねぇの?」
じとりと逆に疑いの目を向けられて、強気で答える。
「なんで私なのよ。そんなわけないじゃない」
「…絶対か?」
「絶対。だいたい、エースと一緒に食べようと思ってたんだから私が食べるわけ、……あ。」
「………食べたのか」
「あ、あは!」
自信満々だったのが、急に脳内に出て来た記憶に瞬時に勢いをなくす。
昨日のお昼には確かにエースと一緒に食べようと思ってた。けど、寝る前にどうしても食べたくなって、でも太るから食べられないって思って。「食べたい」と「食べられない」でめちゃくちゃ戦って、結果「食べられない」が勝ったと思い込んでいたけど、実際には負けていたようだ。究極になると人間の脳の記憶って作り替えられるらしい。しまった。確かに、食べた気がする。
「お前、人に罪被せようとするとかありえねぇんだけど」
「ごめん。マジで食べたの忘れてた、」
「買ってこい」
「う…。分かったよぅ…」
エースは食い意地張っている。
私も人の事言えないけど、そんなマジな目で見なくてもいいじゃんかー!
外は寒い。いや、私が食べちゃったのがいけないんだけど。
でも私もぬくぬくと部屋の中で待っていたい。
「…ねぇ、一緒にいかない?」
旅は道連れっていうじゃないか。
ちらりと可愛く見上げてみるけど、既に使い古したこの手はどうやらもうエースには効かないようだ。
情け容赦ない目で私を見下ろすエースは、口元ににやりと笑みを浮かべて完全に意地悪モード。
「誰がこっそり食べて、誰に罪を被せようとしたんだっけ」
「あーもう!わかったよっ。いってきます!」
ベーッと舌を出して、バッグの中のお財布とかけてあったコートを手に取って玄関から外へ出た。こうなったら、さっさと買ってさっさと帰ってくるに限る。
コートを羽織りながら閉まるドアを恨めしく見て、冷たい空気に白い息を吐き出してコンビニへと歩き出す。
すると後ろでドアの開く音がして、まさかと振り返った。
そこには、しっかりと防寒したエースがこっちに向かって歩いて来ていて、どうして、と首を傾ける。
「エース、どうしたの?」
「べつに。今週のジャンプ買うの忘れてた」
「言ってくれたら買って来たのに」
「……かわいくねーやつ」
楽しくなさそうにじろりと私を見下ろすと、持っていたマフラーを私の首に巻き付ける。
そのままスタスタと先に行ってしまったエースに、遅れないようにと後を追った。
「もしかして、一緒に来てくれるの?」
「ついでだ、ついで。」
思わぬ展開にちょっとだけきゅん。
嬉しくなって、エースの腕に飛びついてぎゅっと指を絡めてやった。
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