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少しずつでも確実に





なんでなんでなんで???
わけが分からない。なんで怒るの?私なんかしたっけ?



不安で嫌な感じに胸がざわめく。
イゾウさんが怒る事なんて滅多にないから、どうしていいか分からない。



イゾウさんがいなくなった甲板で立ち尽くす。
このままじゃ埒があかない。



「ふ、副隊長大丈夫っすか?」
「イゾウ隊長めっちゃ怖ぇー」
「だから何も言うなってアイコンタクト送ったじゃないですか」



数人の隊員が心配して声をかけてくれる。
呆然とすることしか出来なかったけど、隊員達の声に感情が戻って来て、鼻の頭がツンとした。



「私、嫌われたの、?」



隊員の前で泣くなんて私のプライドが許さない。唇を噛んで涙が出るのを押さえる。
すると後ろから呑気な声でエースが話しかけてきた。



「イゾウでも怒る事あんだなー」



他人事とでも言いたそうなエースの態度にカチンときて、隊員とエースの手を掴む。



「連帯責任!私のこと助けて!」
「ええええぇぇーっ」



そのままエースと声をかけてくれた心優しい隊員3名を引き連れて、自室へと戻る。
涙は飲み込んだ。泣くより先に原因解明!
床に丸くなって皆で座る。相談費用として、私が隠していたレア物のお菓子を1人1つずつ配ってあげると皆親身になってくれた。なんて現金なやつらなの。



「ねぇ、私イゾウさんに嫌われたのかな?」
「いやそれはないっすよ」
「うんうん、それはねぇな」
「じゃあ何で怒ってんの?しかも急に。それにはしたないって言われたんだけど、」



切羽詰まった状況に、言葉遣いなんて気にしてられない。
久しぶりに素で話す私に、若干戸惑う隊員達。いいから答えろっつーの。



「分かんないの?あんたら同じ男でしょーが」
「ちょ、副隊長、落ち着いて!」
「理由なんて簡単ですよ!」
「むしろ副隊長わかんないんすか!?」
「分かんないから聞いてんでしょ」



隊員の胸ぐらを掴むと、エースにそれを止められる。



「んな般若みてぇな顔すんなよ。怯えてんぞ」
「こっちは切羽詰まってんの!もったいぶらないでどうしたらいいか教えなさいよ」
「まー俺も半分悪いような気がしないでもねぇから、協力はするけどさ」



エースも悪い?なんで。
何やら言いにくそうに顔を見合わせてる男共は覚悟を決めたのか私を見て口を開いた。



「つまり、こういう事っすよ」
「その、副隊長がエース隊長と戦ってる時、着物の裾はだけさせたでしょ。それが1つ目」
「2つ目はイゾウ隊長に駆け寄る前に裾を直した事。まあ直しても直さなくても機嫌を損ねたとは思いますけど」



ぽかんと口を開ける。
そんな事?そんな事でイゾウさんは怒ったの?



「…それだけ?」
「それだけです。」
「意味分かんない。何でそんだけで怒るの?」



本気で分かんない。



「マジで聞いてんすか」
「マジだよ。何で?」
「……分かりました。じゃあ分かんないポイントを言ってください」
「だって戦闘中だよ?負けるって思ったらあのくらい普通じゃない?」
「そりゃあフツウだけどよ。でもまぁ男としては嬉しくはねぇだろ」
「なんで。エース喜んでたじゃん」
「それは別の話だろ!」



また顔を赤らめて反抗するエース。なによ。むっつり!



「自分の女があんな格好して他の男に見られてたら、誰だって楽しくねぇっつーの」
「…!で、でも水着着てたし、見られてもいいのだもん」
「んなの関係あるかよ。実際、俺は水着だって気付かなかったじゃねぇか」



ぐ…、確かに。



「でも、怒る程の事?」
「自分の彼女がそんな事したら、怒るっつーか気に入らないと思いますよ」
「そ、そんなもんかなぁ」
「じゃあ副隊長、例えばですよ?イゾウ隊長が副隊長にしか見せないような顔を、他の女に振りまいてたらどうですか」
「え、」



イゾウさんが私にしか見せない顔?
ぽんて頭を撫でてくれた時にふと見せる優しい目元とか、寝起きの気怠そうな表情とか、滅多に見れないけどイゾウさんの照れた顔とか?
他の女の人に見せるの…?



「ぜぇぇぇっっったい嫌!!」
「でしょ」
「あ」
「そういうことっすよ」
「む、…。でも水着姿ならオッケーなのに、何で今日のは駄目なの?」



理解はしたけど疑問は残る。
4人は溜息を吐いて、面倒くさそうに私を見る。



「だーかーらー」
「水着は1つの服としての完成体なんすよ」
「いくら中に着てたのが水着だったからって、今日の副隊長は、服を半分脱いで下着見せたのとほぼ変わらないの」



ショック。そうだったのか。
でも、でもでも!じゃあ、



「なんでイゾウさんの前で裾を直したのがいけなかったの?」
「じゃあ逆に聞きますけど。何でイゾウ隊長の前で直したんですか」
「だって、恥ずかしいじゃん」
「アホか。なんで他の男に見せられて、イゾウには見せられねーんだよ」
「だってイゾウさんの前では可愛い彼女でいたいじゃん」



イゾウさんの前であんなはだけた着物姿でいるなんて無理だ。
むっとしてそう言い返したけど、男共の理解は得られないらしい。



「お前な、好きだから一緒にいるんだろうが。どんな格好してようがその時点で既に可愛いって思ってんだよ」
「そうっすよ。可愛いとも思わないヤツとは付き合わないっす」



可愛い可愛いと連発されて、逆にこっちが恥ずかしくなって「そんなに私って可愛い?」と茶化したら、「いや俺らは全くそんな事思ってねぇけど」と素で返された。しかも声を揃えて。酷い奴らだ。



「とにかく。イゾウは他の男の前であんな“はしたない”格好をしたお前が面白くないだけだ」



うーん。
分からなくはない。女としては「そんなことで」と思わないわけじゃないけど、4人ともそう言うんだから、男はそういう風に考えるんだろう。「とりあえずイゾウと話してこい」と肩を叩かれて、4人は私の部屋から出て行く。


まあ、確かに。話さないと始まらないか。
とりあえず元凶らしい着物を脱ぎ捨てて久しぶりのショートパンツとTシャツに着替える。
これから着物は着ない方がいいかな、と考えたら少し心が沈んだ。



イゾウさんの部屋の前に立つ。
深呼吸をして、さっきエース達が教えてくれた「理由」をもう一度考える。
さっきは気付かなかった。けど、ここに来るまでにもう一度考え直してみたけど、これって、つまり、ヤキモチだよね…。他の男の人に見られたから、それが嫌だったんだよね。無意識に口がにまりと緩む。

いやいやダメダメ!もしかしたら違う理由かも知れないし!

ブンブンと顔を振り、邪念を捨てる。
もう一度、深く深呼吸をして、軽く3回、ドアをノックした。



「あの、ミアです、」



緊張して声が上擦る。
しばらくして、かちゃりとドアが開いた。
片手に酒瓶を持ったイゾウさんは、無言で私を中へと促す。



「お、おじゃまします…、」



無言なのが余計に気まずい。
理由を教えてもらったけど、合ってるかも分からないし、未だあまり機嫌のよろしくないイゾウさんに身体は強ばる。

部屋の中に入ったはいいものの、どうしていいか分からずに立ち尽くしていると、酒瓶をテーブルの上に置いたイゾウさんに手を引っ張られた。引かれるままについていくと、おふとんへと誘われる。

あ、あれー?何この流れ。

ひやりとしたけど、イゾウさんはそのままそこに座ると、私の手を引っ張って道連れにした。
ぱすんとイゾウさんの胸に受け止められて、有無を言わさず抱きしめられる。体勢的にすごっくキツいけど、ふわりと香るイゾウさんのにおいに、少しだけ安心する。



「あ、あの。イゾウさん?」
「だまってろ」



今日の事を話そうと、イゾウさんの名前を呼ぶけど、ぶすっとした声でピシャリとはねつけられる。
まだ、怒ってるのかな、。
心配になってちらりとイゾウさんの顔を見上げた。



「…!」



な、ななな、なにこれ!
イゾウさんが、拗ねてる!?

眉を潜めて唇をむっとさせているイゾウさんなんて、初めて見る。
急に早くなりだした心臓に、落ち着けー!と心の中で念じるけど、きゅんとしてしまったものは仕方ない。

もう、なんでもいいや。
何でもしてあげたい。

ゆっくりと身体を起こして、イゾウさんと向き合う。
初めて見た子供みたいな彼にすら、愛しさが込上げる。



「イゾウさん、ごめんね」
「なにが」
「イゾウさんが嫌がる事して、ごめんなさい」
「……」



じっと見つめて、それからイゾウさんは無言で私の手を取った。



「もうしないので、許してもらえませんか?」
「許さねェ」
「着物はもう着ません。他に、どうしたら許してくれますか?」
「…誰も着るなとは言ってねぇだろ」
「え、じゃあ、」
「戦闘中は、俺から離れるな」
「でもそれじゃ、足手まといに」
「俺ァそんなに弱かねェよ。てめぇの女一人くらい守る強さはあるつもりだが?」
「そ、そんな、…」



それじゃ、副隊長として戦えない、とか、元は私狙撃担当ですけど、とか、色々つっこみたい所はあったけど、ぶすっとしながらそう言うイゾウさんに、言葉を飲み込んでしまう。
そんな私をじとりと見て、イゾウさんは私の右頬を引っ張った。



「分かったか、このアホが」
「あ、あふぉ…!?」
「分かったか、分かってねェのか」
「わ、わかりまひた…!」



離された手に私の頬がばちんと元に戻る。
すりすりと頬を撫でながら、もう一度イゾウさんを見ると、今度はいつものあの余裕のある顔に戻っていて。あ、機嫌なおった、と思いつつも、ちょっと惜しい事をしたな、とも思う。
「痛いです」と呟く私に、イゾウさんは手を重ねるように引っ張られた方の頬を撫でる。そのまま顔を近づけて、あ、仲直りのキス、と思ったら、触れる直前で止まって、にやりと私を見つめた。至近距離で絡む視線に、鼓動を早める。



「な、なに、?」
「たまには、ミアからしてみるってのはどうだ?」
「…っ」



一気に顔に熱が集まる。
ここまできて、こんな近くまで来て、選手交代なんて。なんて意地悪なの。


けど、まあ。
私も早くキスしたい、って思ってるのは、否定出来ないから。

だから、今回だけ、特別。


挑戦的に見るイゾウさんにふわりと笑って、押さえきれなくなった感情とともに、イゾウさんの唇へと自分のそれを押し付けた。数秒後、ぎゅうと回した私の手に答えるように、イゾウさんも私を抱きしめ返してくれて、溢れる「好き」にどうしようもなく幸せな気分になった。





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