07

「ちょっとあなた、それじゃまるで取り調べよ! ……ごめんねまりちゃん、この人警察勤めで……ちょっと職業病っていうのか、そういうことに厳しい人なの」

 (…………警 察 勤 め ?)

 まりは、自分の耳を疑わずにはいられなかった。

「ウ、ウム、スマンなまり君、つい、だな。その……」

「い、いや大丈夫です」

 (マズイマズイマズイ。
 警察!? 冗談でしょ!? 
 十三さんたちはめちゃくちゃいい人だけど……今はダメだ!
 ええと、どうしようどうしよう……)

 そう思いながらも、まりはなんとか取り繕った。
 そうこうしていると、みどりが彼女の援護をした。

「まりちゃん、別に犯罪に巻き込まれた訳じゃないのよね?」

「は、はい」

「誓ってだね?」

「あなたっ!」

  更に言い募ろうとする十三に、みどりが声を少々荒げた。

「えーと、はい。
 誓って犯罪絡みの悩みじゃ、ありません」

 嘘をつく訳ではないので、しっかりと目を見てそう告げる。
 その答えでようやく納得したのか、それならよかったと十三は呟いた。

 (た、助かった……みどりさん、ありがとうございます……)

 まりは、ほっとして少し肩の力を抜いた。

 (でも、早いところ退散しなくちゃなあ。
 こんなこと知られたら、きっと大変なことになると思うんだよね。
 いくら優しい人たちでも、あたしみたいなのを家においてくれるなんて思えない。
 精神病院に突っ込まれたり、あらぬ嫌疑をかけられて牢屋に入れられちゃうかもしれない。
 ……それは、やだなあ。つらいなあ。
 ・
 ・
 ・
 ……よし!今日のところはひとまず帰ろう。
 ――ああ、いや、そっか。
 あたし、帰るところがないのか。
 じゃあ、ビジネスホテルにでも泊まろう。
 疲れたし、たくさん寝よう。泥のように眠ろう)

 まりはそう結論づけて、さっそく居住まいを正した。
 しっかりお辞儀をして、強く感謝を示す。

「あの、心配してくださってありがとうございます。
 でも、私は大丈夫です。
 こんなに優しくしていただけただけで、もうお腹いっぱいで。
 それに、こんなに美味しいご飯まで……とっても嬉しかったです」

 (本当、うちのお母さんよりも料理上手かもしれないわ……)

「でも、その……私、そろそろお暇させていただこうかと思います。
 もう、い、家に帰らないと」

 家、と言ったときの胸と喉が締め付けられた感覚を無視して、にこりと笑顔になる。
 優しいこの人たちに、初対面の自分の、自分でさえ意味の分からない事情を悟られてはならない。面倒ごとに巻き込んではいけない。
 その気持ちに突き動かされて、まりは涙をぐっと押し込めた。

「ええ、もう帰っちゃうの? さみしいわねえ」

 みどりは手を頬に当て、至極残念そうに言った。
 言動からしておそらく多分30代前半の彼女は、しかし年齢を感じさせない若々しい美人である。

「そうか……辺りはもう暗いな。よし、ワシが君を送ろう」

「だ、大丈夫ですよ! ……あ、いや、やっぱり緑台の駅までお願いします」

 送る送らないの問答が起きそうだったので、頷くことにした。
 廊下まで三人で歩いていったその時、みどりがまりに連絡先を書いた紙を渡した。

「はい、私たちの連絡先よ。
 ……気をつけて帰ってね、今日はとっても楽しかったわ。
 いつでも遊びに来ていいのよ?」

「わ、ありがとうございます……今度お礼に伺うときに、私から連絡しますね!」

 (携帯使えないんだよなー。
 うーん、どうにか生活基盤作ったら、きちんとお礼しに来よう)

 折りたたまれたそれを、まりはいそいそと鞄に仕舞った。

「ええ、じゃあまたね、まりちゃん」

「はい!みどりさん、また今度!」

 玄関前でそう挨拶をし合って、まりと十三は家を出た。

「十三さん、あの……私のこと気にかけてくださって、本当にありがとうございました」

「いや、いいんだよ。
 またウチに飯でも食べに遊びに来てくれ。
 家内もワシも、随分君が気に入ったよ」

「はい、もちろん!」

 (ほんっと、いい人たちだなあ……風が目にしみるなあ。
 警察ってのが、ちょっとひっかかるんだけどさ。
 あ、いや職業を否定したい訳じゃなくてね)

「しかしのォ……あまり、溜め込みすぎるのはいかんぞ? 毒だからな。
 何かあったら、ワシが力になるから、まり君は、いつでもワシらに頼りに来なさい」

 そんな力強い言葉をまりに送る十三。
 まりはその言葉にいたく感動した。

 (ああ〜もう、十三さん、すっごい男前! あったかいなあ……)

 そうこうしている内に、駅前にたどり着いた。

 (はや! こんなに駅から近かったんだ……)

 ひたすらうろうろし続けても土地勘を得られなかったまりは、彼らの家から駅に近場すぎて、驚いてしまった。

「じゃあ、今日は本当に本当に、ありがとうございました!」

「ウム。まり君、また遊びに来なさい」

 手を振って、名残惜しい気持ちになりながらも改札を抜ける。
 空宿なら安いビジネスホテルなど掃いて捨てるほどあるだろうと思ってそちらのホームにいくと、丁度電車が来ていたので、そのまま乗り込む。
 彼女が乗った方の乗客は、ベッドタウンに帰宅する者たちでいっぱいになった向かいの電車の三分の二ほどの乗車率だろうか。
 椅子はすべて埋まっている上数駅で降りることになるため、窓際の隅に落ち着いた。

 (……)

 こつりとガラスに頭をつけて、疲れった体を少し休ませる。
 これからどうしようと悩むのは、もう明日でいい。
 ただ今日は、ただひたすらになにも考えずに眠ってしまいたかった。



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