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「あー、ワシは十三という者じゃが、君はなんというんだね?」
道すがら、男はまりにそう尋ねた。
「え−っと、まりっていいます」
泣くのを止めて、鼻をよくかんで、ひとまずはすっきりした様子だ。
まだ少し放っておいて欲しいという感情がわかないでもなかったが、黙りこくっては悪いと思い、男の世間話につきあう事にした。
「そうかそうか、まり君か! 学生かね?」
「そう、です。大学に通ってます。
十三さんは、働いてらっしゃるんですか?」
「ワシかね?いやー、まあのォ。
老いぼれてきてしまって、あまり役にはたてていないがね、ハッハ」
なんて、そんな会話だけでも、今のまりにとっては温かく感じる。
辿りついた先は、先ほどまりも通り抜けた、一軒家の連なる住宅街だった。
「おお、ついたついた。みどりー!帰ったぞー!」
そこはある程度大きな一軒家で、男の声に反応したためか、玄関の奥から女性が現れた。
察するに夫婦だろうが、見た目だけで言うなら、ずいぶんとアンバランスな夫婦であった。
みどりと呼ばれた妻のほうはショートカットでスリムな美人だ。
一方、十三と名乗った旦那の方は成人病を確実に患っていそうな体型である。
だが人の良さそうな二人で、とても似合いの夫婦だとも思った。
「おかえりなさい、あなた。……その子は?」
「ウム……まり君とは散歩帰りにそこの公園で会ってなあ。
何、お前のメシを喰わせてやろうと思って連れてきたんだ」
まりは、そういうことだったのか、と納得した。
こんな都会の真ん中で、道ばたで拾った人に食事を振る舞おうとする人がいるなんて、彼女に取って思いもよらないことだった。
少なくとも、自分なら声をかけたとしても自宅に招くことはしないだろうと思った。
「まあ、そうなの! 今日は特製のカレーだから、よかったら食べていって?」
ニコッと擬音が聞こえてきそうな微笑みが、今のまりには熱すぎるほど温かかった。
(素敵な笑顔だなあ……。
うう、すごくジーンときた)
「あの、こんばんは。
あた、……私、まりといいます。
その……ぜひ、お呼ばれさせてください」
涙の跡で真っ赤になっていた目が、再び潤む。
まりは、半泣きになりながらそう言った。
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「さあ、どうぞ! まりちゃんのお口に合うといいんだけど……」
「わあ……ありがとうございます」
まりの前にコトンとおかれたカレーは、緑色をしていた。
いわゆる自家製グリーンカレーというやつだろう。
野菜をペースト状になるまでフードプロセッサーにかけて、香辛料とともに煮込むのだ。……恐らく。
少なくとも、まりの母はそのようにして緑色のカレーを作り出していた。
だから、彼女の目の前のカレーもおそらくそのようにして作ったのだろうと判断した。
(野菜カレーかなあ。
……ああ、とってもおいしそう。)
ほかほかのご飯と野菜のたっぷり入った艶やかなカレーは、まりの目にはまるでご馳走に見えた。
いただきます、と三人で手を合わせて、食べ始める。
「おいっ……おいしい!」
まりの体にしみこむその味には、みどりの十三への愛情が詰まっていた。
おもわず漏れ出た本音に、みどりは柔らかい笑みをこぼした。
「そう?よかったわあ。
――あら、どうしたの!?」
「え?ああ……ええと、あんまり美味しくって。
泣けてきちゃいました」
まりが人差し指で涙を拭いながら正直に話すと、まあ! とみどりはとても嬉しそうに笑った。
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「――さて。
……何がそんなに悲しかったのか、よければ教えてくれんかね?」
食後のお茶とデザートまで出してもらい、恐縮しながらもありがたくいただくことにしたまりが二人と共にまったりしていると、十三はこう切り出した。
みどりは食器片付けてくるわね、とキッチンへと行ってしまった。
「えっと、その……」
つい、しどろもどろになってしまう。
(随分とまあ、痛いところをついてくるなあ十三さん。
気付いたらパラレルワールド? に居て、戸籍もなんもかんもなくなっちゃいました。
なんて言えるわけがないじゃん……)
「誰かと喧嘩でもしたのかな?」
「あ、いや、違います」
「では、親しい人に不幸でも?」
「そう言う訳でも……ない、んですけど」
(皆、無し、子。
的な意味でみなしごというか……。)
まりはすでに19歳で、養護施設で扶養されるような年でもない。
もう少し若ければごり押しで色々な言い訳も通じただろうが、19という年で身分証明書も何もないのは怪しすぎる。
下手したら警察に連れてかれて、あらぬ疑いをかけられてしまうのだろう。
だから、まりには何の説明もできなかった。
「じゃあ、何故かな? まさか、犯罪に巻き込まれたりしたのでは−−」
(こ、こわっ)
犯罪、と言った十三の目がとても鋭くなった。
まりはついびくっとしてしまう。
そこにみどりが入ってきた。
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