05
そしてそうこうしているうちに、いつのまにか明かりがともっていた街灯がまりを薄暗く照らしていた。
真っ暗とはいかないが、子供の遊び歩く時間はとうに終わっていることだろう。
四時だか五時だか知らないが時間を知らせる鐘はずっと前に鳴っていたようだ。
「はあ……」
思わずまりは何度目だかわからないため息を吐く。
彼女はあまり落ち込むことが好きではないのだが、落ち込むなという方が土台無理な状況だった。
そもそも、家を探すという行為自体が間違いだったのだろうか。
まりはそう自問した。
(……いや、けして無駄足じゃあなかった、よね。
少なくとも、はじめよりは一歩か二歩、進んでる。
……っていったって、あたしがホームレスだってわかっただけなんだけどね。
しかも、ただのホームレスじゃない。
家族も友人も知り合いも身分証明書も戸籍も保険証もない、ないないづくめのオールレスのホームレスってやつ。
あはは、意味わかんないわ)
「は、ははは…………最悪、さいってい最悪じゃん……。
ばかじゃないの……。
だってさあ……あのさあ……失うものがもう命しかないレベルってさあ、ねえ、もう、もうさ、人としてどうなの……?」
どうしたらいいのか分からなくて、気づいたらまりは泣いていた。
ベンチの背もたれに体を預けて、手のひらで顔を包み込んで泣きじゃくった。
(どうしてっ、こんなことにっ!)
まだ、たった半日も経っていない。
しかし、まりはこれ以上ないほどの孤独を感じていた。
心細さと大きな悲しみがまりの心を支配していた。
彼女の存在そのものがこのまま消えてしまいそうなほど儚い悲痛さだった。
(……おや、あの子は?)
まりが涙を流し始めてずいぶん経ったころ、50代半ばから後半ほどの外見をした、とある男性が公園の側を通りかかった。
運動のためかキャップをかぶりジャージを着ているが、その体系はまるでタヌキで、お腹の部分がパツパツになっていた。
「君、どうかしたのかね?」
「グスッ……?」
(誰だろう、海苔みたいな眉と髭してるし、太ってるし、変な人……)
やさぐれているからだろうが、初対面なのにひどい言い草……というか、考え草である。
崩れたであろうメイクも真っ赤になった目も涙で引きつった頬も、声をかけてきたこの男の存在も何もかも、すべてが煩わしかった。
「ほっどいで、ぐだざい……」
キッと男を睨みつけて、口を強く引き結ぶ。
それでもしゃっくりのように漏れ出る嗚咽は止まらない。
まりは誰にも構ってもらいたくなかった。
一人でずっと泣いていたかった。
そしてできることならそのまま消えてしまいたかった。
「そんな訳にはいかんよ。
見たところ、君はまだ10代だろう?
そんな塗炭の悲しみをなめるような声で泣くような辛いことがあったのかね?」
それはひどく優しく、まりを心配する声であった。
「……ぞうでずよ。
悲じい時には身一つっで……今身にしみで感じでます……ひっく……。
もうどうでもいいんでず、ぜんぶ、どーでも……」
(ウーム、そうか……)
男は少し考えるそぶりを見せた後、まりの目の前にしゃがみ込んで、柔らかい声でまりに話しかけた。
「ようし、君、ワシについてきなさい。
君は、一人じゃないんだぞ」
タヌキに似たその初老の男は、そうして、力強くまりの頭を撫でた。
(本当は、きっと、もっと警戒しなくちゃならないんだろうけど……。
でも、あたしを撫でてくれた手が、とってもあったかくて……なんだろう、嬉しくて苦しいなあ)
まりは泣きながら何度も何度もうなづいて、ハンカチを取り出して涙を拭いた。
泣きすぎたせいで頭ががんがんと痛みを訴えていたが、顔に出さないようにつとめて、男について歩き始めた。
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