ごはん

 とりあえずまりは、もう一度空宿駅に挑戦することにした。

 (……とりあえず山手線に乗って、こっちにある――のかわからないけど、あたしの家を探そう)

 冷静になった今度はきちんと切符売り場までたどり着くことができたが、そこでも驚くことになる。
 空宿を通過する路線は東都環状線なんていう鉄道一本だけ。都営地下鉄の路線名に名を連ねていそうな雰囲気だとぼんやり思った。

 (まんまるだから、たぶんこれが山手線っぽい電車なんだろうけど……中央線とか、ものの見事に消えてるなあ……
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 それで、えっと――んと、空宿…に、小久保…が新大久保かな? に、緑台……ん?)

「……緑台?」

 池袋が沢袋だとか、日暮里が夕暮里だとか秋葉原が夏葉原だとか、もじりの見受けられる駅名は多々あるのだが、彼女の実家が存在する高田馬場をもじった駅名は、見つけることができなかった。

 (お父さん、お母さん……)

 まりは不安になった。
 そして、もしかすると、自分の家はないのかもしれない。そうも思った。
 しかしその思いをふりきって、一度緑台まで行ってみることにした。

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 そして、下車。

 (……空宿の雰囲気は新宿に近かったけど、こっちは全然違うなあ。
 騒がしさのかけらもなくて……なんていうか、ちょっとのどか。木とか、緑がそこそこあるからかな。
 高級住宅地っぽいところもあるみたいだし……やっぱり、違うのかなあ)

 緑台駅周辺を歩いてみるが、得られそうな手がかりは見当たらない。

「はあ……一応、歩いてみよっかな」

 けれど、それでも探さずにはいられなかった。


―――――


 まりの足は歩きすぎて、ずいぶん痛んでいた。
 靴擦れでできた豆も潰れただろうしきっと血も出ていたが、それを見てしまったら暫く歩けなくなるだろうということが分かっていたので、あえて下を向くことすらしなかった。

 (ああ、明日は多分筋肉痛……いや、そんなこと今考えてても仕方ない。
 ……とりあえず、もう限界。そこのベンチに座ろう)

 まりは、目に入った小さな公園にあったベンチに腰掛けた。
 たいして手入れが行き届いていないのか薄汚れているように見えたが、どうでもよかった。

 まりがいくら辺りを散策してみても、自分の住んでいた土地の面影を見つけることはできなかった。
 高級住宅地かと思われたところも見てみたが、どこも総じて売地が目立つように思われたし、見覚えのある建物一つ見つけることが出来なかった。
 まりが歩き回って見つけた情報には期待できるものが一つもなく、自分の観察眼がひどく恨めしかった。

「だめだなあ。
 やっぱりここ、あたしの知ってるとこじゃない。」

 まりは深く深くため息をついた。
 ……でも、もしかしたら。もしかしたら、ここは新大久保と高田馬場の中間にある町なのかもしれない。
 自分が知らないだけで、こういうところが、あったのかもしれない。
 だから、次の駅こそが知っている街なのかもしれない。そんな希望も捨てきれずにいた。

「……次の駅って、何だっけ? ええと、路線図は携帯で写真撮ってるから……
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 あったあった。こめ…はな……じゃなくて、べいか? 米花町?
 んーと、米花町、って、……」

 携帯の写真を見つめる瞳が揺れる。

「……」

 自分の手が震えてくるのがよくわかった。

「……まさか。−−まさか、あの?」

 どうやら、まりは路線図を眺めている時や写真を撮ったときには山手線の駅名との比べっこをするあまり、気付いていなかったらしい。
 米花町は、緑台の隣駅であった。

 (米花町……名探偵コナンの主要地域で、あたしからすれば、創作上の、町。
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 ……ああ。そっか。……そう、だよね。)

 そこで、まりは唐突に気がついた。

 (あたしの生まれた日本に空宿や米花町や東都環状線がないように、こっちには新宿も高田馬場も山手線も、……あたしの家も、ないんだね。

 っていうよりも、万が一あたしんちと同じ家があったとして、あたしはその建物に入ることもできないんだ。
 だってあたしはここの人間じゃ、ない。
 あたしの家族だって……。)

「ああもう! 盲点だった……チクショー!」

 まりは半ばヤケになり、そう叫んだ。
 叫ばずにはいられなかった。



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