02

 (なんなの……?)

 困惑しながら、まりは道の隅に立ち尽くす。
 ときどき通行人の体が彼女の背中に当たって小さくない衝撃が彼女を幾度か襲ったりしたが、それが一切気にならないようだった。

「そうですね……僕は、当てずっぽうの推測は決してやりません。
 捜査の際、探偵の勘に頼ることはありますが、証拠あっての推理です。
 当てずっぽうなんて推理力をだめにしてしまう行為で、探偵のすることじゃありませんからね」

 (あ……これ、聞いたことある。
 ええと……たぶんホームズのセリフか何かなんだけど、うーんと……)

「って、そうじゃない!」

 思わず自分に突っ込みを入れる。
 独り言にしては随分大きなそれに、そばを通っていた幾人かの通行人がいぶかしげな視線を投げ掛けたが、彼女は全く気付いていなかった。

 (なんなの!? これは、ドッキリなの!?)

 巨大な液晶に釘付けになりながら、まりの頭はようやく回転を始めた。

 (いや、でも……アメリカとか、そういう国ならまだしも、日本でこんなに大規模なドッキリなんか、できるわけなくない?だって、日本だよ?日本。
 それに芸能人ならまだしも、あたしみたいな一般人捕まえてこんな大規模ドッキリっていうのは……ありえないよなあ。
 海外のドッキリ番組みたいに、何かに応募して当たったって訳でも、調査とかって名目で催眠術にかかりやすいのかチェックする検査みたいなのを受けた覚えもないし。
 それに……江戸川コナンって、名探偵コナンのあの主人公のことでしょ?
 小学生の頃よく見てたくらいで、そこまで漫画に詳しいわけでもないし……
 もしもドッキリだとしたって、これは……ううん、かなり局所的だし、分かりづらすぎる。
 ・
 ・
 ・
 ……でも)

 投げるだけの視線に意識を戻して、再び画面の向こうの青年を見つめる。
 江戸川コナンと呼ばれたその男性は、二十歳半ばほどだろうか。
 その顔は工藤新一が立体化したかのような、そんな面影がある。
 CGのような違和感があるわけでもなく、きちんと人間らしさの漂う顔だ。
 それに動きだって全く自然で、おかしなところが見当たらない。

 いつだったか、まりはネットニュースでロブルッチととある日本人モデルがあまりにも似ている、という内容のものを見かけたことがあった。
 その記事を読んだ多くの人が「確かに」と頷くほどの類似ぶりであったし、実際まりも、それを見て似ていると思った。

 そして、まるでそれと同じような気持ちがわき上がった。
 まりは、彼が工藤新一にそっくりであると思ってしまった。
 それに、声も非常に聞き覚えのあるものだ。特徴のあるいい声。
 幼い頃、他のたくさんのアニメでもよく聞いていた、非常に懐かしい声であった。

 まりは驚きながらも、彼の口元をしっかり見つめた。
 しかし違和感を探ろうにも、すべての喋りが自然に見えて仕方なかった。
 人間の観察眼はよく出来ているもので、口の動きとは別撮りにした声というものには、それがいくらよく出来たものだとしても少なからずおかしな引っかかりを感じるものなのだそうだ。
 昔のドラマのようなアフレコ然り、歌の口パク然り。

 おまけにその姿と雰囲気があまりにも人間味にあふれていて、まりにはとても作り物には見えなかった。
 毛穴も見えてしまいそうなほどカメラが寄ったときにも、それは変わらなかった。
 むしろ、この人は人間であるという信憑性が増しただけであった。

 (まさか! いや、いやいや……ありえないって!!) 

 それからしばらくまりはその液晶パネルに釘付けになりながら、唖然としていた。
 顔だけならまだしも、声までもがそっくりとなると、混乱せざるを得なかった。
 ついさきほど買った商品の入った紙袋を落とし、近くの人が踏みつけそうになった人の方が慌てていたとしても、気になりはしなかった。
 普段ならそれに悲鳴のひとつでも上げていただろうが、まったく、それどころではなかった。

 まりの状況など関係なしに、話は続く。
 女性アナウンサーが、江戸川という青年の受け答えに深く頷いて、こう切り出した。

「なるほど〜。
 では、もしもの話ですが……宇宙人がいるという証拠が出たら、江戸川さんはどのように捜査や推理をするのですか?」

 (……ん?)

 アナウンサーのズレた質問に、一瞬まりの意識が奪われる。

「……は? ……あ、いや失礼。
 そうですね……まず、捜査の上で不可能なことがらを消去していき、どんなにあり得そうにないことでも残ったものこそが真実だと仮定するところから推理は出発します。
 ですから僕としては…………」

 そして、うんぬんかんぬんとややこしい話が続く。

 (……きっと難しい話でお茶を濁そうとしてるんだなあ。何言ってるか全然わかんないや。
 ・
 ・
 ・
 に、しても……"どんなにあり得そうにないことでも、残ったものこそが真実だと仮定する"……か)

 その後もインタビューは続いていたし、ウインクをする彼の姿も見えていたが、どんなキザな言葉とともにその放たれたのかまではわからなかった。
 なぜなら、彼の言葉によってさまざまな考えがまりの頭を縦横無尽に駆け巡り始めたからだ。

 (意味分かんないし、あたしに大した推理力なんてないけど……今あたしがわりとヤバい状況に陥っているってことは、わかった。
 だって、今見てみたら新宿なのに携帯に電波ぜんぜん飛んでないし、街並みとかニュースとか、色々おかしなことばっかりだし……ああもう、ほんと、どうしたらいいわけ!?)

 まりは思わず頭を抱え込んでしまった。


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