09
09
それから暫く経って。
まりは手持ちのお金がなくなる寸前、ようやく食い扶持を見つけることが出来た。
本当に危ういところだった。
もしもバイト代を丸ごと持っていかなければ、持ち合わせが足りなくなっていただろう。
だがしかし、働けるようになったところは、悲しいことに場末のデリヘルだった。
ちなみにデリヘルとはデリバリーヘルスの略のことで、お客さんに性的サービスを提供してくれる女の子が在籍するお店を意味する。
たった一週間にも満たない期間で、まりは華の大学生から一転して、デリヘル嬢へと身を堕とすことと相成ったのだ。
しかも、セックスがサービスの中に含まれており、明らかに風営法に違反しているのだ。
もはや、デリヘルという皮を被った売春宿といってもよかった。
……もちろんまり自身も初めからこんな体を売る仕事に狙いを定めていた訳ではない。
彼女は昔の日本ほどの貞操観念があるわけではなかったが、しかし、乱れた性生活を送るような女でもない。
ごくごく一般的な観念を持つ女であった。
初めは、キャバクラで働こうと思ったのだ。
――まりはまだ未成年だが、酒が飲めないわけではない。
実家が居酒屋だったので、初めはお客や両親にお酌をするだけだったのだか、気づいた頃には飲めるようになっていたのだ。
彼女は未成年の飲酒がダメだと言う倫理が発達するよりも先にアルコールの魅力に目覚めてしまっていた。
そのため水を飲むようにお酒を飲めなければならないそうだがまりにとっては問題ないことだったし、そこなら身分の怪しいまりでもいけると思っていた。
しかし、身分を証明をすることができないことを理由に、ほとんど門前払いを食らった。
いくら水商売と言えども、そこのあたりが曖昧な訳がなかった。
自分でもやれるなんて、そんなことはなかったのだ。
そのときになってようやく、今の自分は不法滞在をする外人にも値するほどの怪しい女であるのだということを、深く深く思い知らされた。
身分を証明できないことの恐ろしさを初めて身にしみて感じたことで、自分がすべてを失ったのだということをわかっていたつもりになっていただということに気がついて、また泣いた。
彼女の心は奥の底からわき上がるような惨めさに気持ちを埋め尽くされたし、何度も何度もくじけそうになった。
けれどどうにかして働き口を見つけないことには生きることもままならないのだ。
根性据えて、唇を噛み締めて、雇ってくださいと頭を下げること以外にできることはなかった。
だが、それも成功に終わることはなかったのだが……。
お金がどんどん目減りしていくのが怖くて、まりがまともにベッドで眠ったのなんて、最初の一日二日だけだった。
どうしても眠くてたまらないときにはカラオケや東都環状線の車内で最低限の睡眠だけを確保した。
幸いなことに銭湯とコインランドリーが近くにあったので臭いを放つことだけは避けることが出来たが、きっとこれが真冬に起きたことだったら、彼女は一週間のうちにどこかで倒れていたかもしれない。
そして、目に付いたキャバクラ全てに当たったけれどどこからも色よい返事をもらえなかったまりは、−−とんでもなく躊躇をしたのだけども−−……風俗店に掛け合うことにした。
最初は性的接触のないお店に行ったのだが、案の定、全てダメだった。
仕方なしにもう少し過激なお店に行ったけれども、そこも全滅と言ってよかった。
そして最終的にまりを拾うことになったのは、最後の営みまでがサービスとなっている、とあるお店だけだった。
まりが面接を受けに行った事務所らしきスペースはあまりに簡素なものだったし、店長もひどく気味の悪い男だった。
頭はつるつるに剃られていて、腹にはこれでもかというほど脂肪が詰め込まれていた。身なりは清潔だが、常に浮かべている薄ら笑いに寒気がした。
事務所の奥に設置されたベッドの上で、彼女にとって口にするのもおぞましい体験をもうほとんど半泣きで経験したのち、入店することを許可されたのだった。
その時のまりの財政状況からしたらありがたいことではあったが、他の風俗店がいかにマトモ(・・・)だったのかまりはよくよく思い知らされたのであった。
-9-
*prev next#