02

今日から日記をつけることにした。大きな決断をしたから、それを記してみようと思う。

***

嫌なことがあって心が沈んだ時には、扉がわたしを導いてくれた。

それはわたしが子供の頃からのことで、必ずわたしが1人になった時を狙ったかのように、その扉は現れた。

それは数日に一度だったり、月に一度だったり、時には数ヶ月に一度だったりする。
わたしの感情次第で現れる頻度が全く異なる、かなり気まぐれな扉だった。

初めてくぐったのは、3つの時だ。何が理由でそんなことになったのかは、全く記憶に無い。けれど、ノブを押し開いた先の潮の香りと、驚いた顔の大人の顔だけは、今も焼き付いている。

その時ひどくぶーたれていたわたしは、その顔を見てキャッキャと楽しげに笑った。たぶん、大人たちはその怖い顔で精いっぱい笑いかけてきていた。そしてわたしはそれに満足すると、目の前に現れた扉を再び通り抜けたのだ。

当時のわたしにはそれがどんなに不可思議で突飛なことかなんてわかるわけもなかった。
幸いなのは、わたしがそれを周囲に言いふらさなかったことだろうか。自分だけの秘め事のように感じていたような気がする。

突然船上に現れる得体の知れぬわたしを、海の男たちはえらく可愛がってくれた。わたしにとって、彼らはまるで友人であり兄であり父だった。だから、そこがどこだって、彼らが海賊だって、なんだって些細なことだった。
泣きたくなるほど悲しくつらいときに現れる扉は、わたしの救いのヒーローだった。

色々な意味での選択を迫られたのは中学3年生、義務教育最後の年。
身体の悪い養父母の代わりに、家事など色々しなければならないことがたくさんあるためにあまり学校には通えていなかった。
貧しいわけではなかったが、家庭の事情を鑑みて、高校に進学することは諦めることにした。
学校に行けない事情を知らない多くの生徒にいじめられたし、それに乗じて事情を知っているはずの先生からもストレス発散のはけ口にされた。家でも入退院を繰り返す養父母のヘルプばかりだ。それが不幸すぎる不幸だとは思わなかったが、15歳には重荷が過ぎる日々だった。
けれど、落ちるぞ、というときには必ずあの海の男たちのもとに行くことができたから、わたしを傷つける何ものからも逃げようとは思わなかった。

……むしろあの時のわたしは、彼らに会いに行くために自ら傷つきに行っていたのかもしれない。
彼らと関わっている間だけは、わたしはどこまでも自由な小鳥遊よもぎというただの少女でいられたから。

追い詰められたときに救ってくれるはずだった扉は、いつの間にか扉を開くために、ひたすら自分を追い詰めるものに変わっていった。

そんなわたしが12年間付き合い続けてきた不思議な扉を行き来せず、船にとどまるという選択肢を選ばずにいたのは、おかしな話だろうか。変だと思うに違いない。

要はその扉を開かなければいいだけだ。そうすれば、わたしは自由になれる。けれども、その扉が消える瞬間を船の上で見送ったことは一度もない。現れた扉をみれば、ばいばい、とどんなに楽しくても必ず帰ることにしていた。

怖かったのだ。
幼い頃から行き来し続けたことで帰らなければならないという意識が根付いていたし、帰らないということは養父母を捨てることになる。現実問題、ずっと船に乗ることが許されたとして、足手まといになることが明らかだったからだ。

そんなわたしの葛藤が続くさなかに、養父母が死んだ。寿命の近づく養母を連れて、養父が愛の逃避行を図ったらしい。つまり、病院からの脱走。しかし家でもわたしの介護なしには生活がままならないほど身体の具合が悪い老いた2人が逃げたところで、そううまくいくわけもなく、彼らは連れ戻された。病院はそれをわたしに報告することがなかったし、その日はちょうど見舞いにもいかない日だった。
だからわたしは知らなかった。その日の夜には二人で心中して、死んでしまったのを。一度でも会いさえしていれば、なにか変わったことに気がついて、なんとかなったのかもしれない。だが今となっては、どうして2人が逃げることを選んだのか、理解しえることはない。
わたしがその一報を聞いたのは次の日の朝だった。驚いたけど、あまり現実味のないことだった。
養父母には成人済みの実の子供がいたので、わたしは成り行きにすべてを任せた。というより、あちらこちらからいきなり手が伸びてきたような感じで、わたしはその手に流されるしかなかった。
そして気がつけば、わたしは養父母が引き取ってくれる前の施設に逆戻りになるらしかった。当時はよくわからなかったが、急に出張ってきた人がたくさんいたので、遺産が絡んでいたのだろうと思う。
わたしの中に何だかなァ、とやりきれない思いがつのった。

パッと現れた扉の先の兄たちに会いに行って色々説明してみれば、居場所がなくなるなら、俺たちがお前の家族になるさ。だから、こっちに来いよ、と頭を撫でられた。今までさんざ帰るな帰るなと言われてきたが、初めてうなづくことにした。
現れた扉も、初めて消えるまでを見送った。少し泣いた。

だけどその瞬間、わたしにはとんでもない数の兄ができた。
だから嬉しくてまた泣いた。




























































02

わたしのあの扉が、悪魔の実の能力だったということが判明した。悪魔の実には不思議な力が宿っていて、カナヅチになること、二つ以上の力は手に入らないことを条件に、人間離れした力を得られる果実なんだとか。
わたしが元いたところに帰らないことにしてから、元いたところには帰れなくなった代わりに、扉を自由に扱えるようになって、カナヅチにもなった。
その悪魔の実とやらを食べた記憶はないが、兄たちいわく、このメチャクチャぶりは悪魔の実でまず間違いないという。どんな実を食べたのかはわからないが、ひとまずドアドアの実と名付けることにした。そしたら既に同じ名前の実と、その能力者が存在するらしいということを教えられたので、ドアノブのノブからとって、ノブノブの実とすることにした。

海賊になったとはいえどう役に立とうか悩んでいたのがばかみたいになるくらい、すごい能力だった。
念じれば出てくるわたしの扉は、別の空間と繋がっている。
わたしに行けないところはなく、それを活かしてわたしはこの海賊船の食料庫要員になることにしたのだ。

扉の大きさも、わりと自由にできる。今は1つか2つが限度だが、訓練次第では出せる扉の数も増えるだろう。
それから、人体にもこの扉は有効らしいことも判明した。つまり、この扉を使って人体を開けば、貧弱な女のわたしでも何とか戦闘のようなものが可能になると言うこと。
海賊になった以上、わたしもそういうことをする必要性があるだろう。人を殺すという覚悟をするための腹のくくり方は、わたしにはまだわからない。でも、近いうちにやってくると思う。




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