07

「アル、どうだと思う?」

 二人がいるのは宿の一室。ほとんど旅行客が訪れないからか、自宅を改築して民宿のように臨時に運営しているところしかなかった。そこで彼らは数日分の金を払い、素泊まりの申し込みをした。
 色々思うところがあったのだろう。それまで二人とも思い思いの時間を過ごしていたが、日も傾いてきた頃になって、ようやくエドワードはその話題を持ち出した。

「なまえさん?」

「ああ、乗ってくると思うか?」

 去り際に前向きな態度であったとはいえ、あまり反応が芳しくなかった。エドワードもアルフォンスも、不安にならざるを得なかった。

「どうなんだろう……だけど兄さん、何か勝算ありそうな顔してるよね」

「どんな顔だよ。……いや、さ。さっきなまえさんの家で、あの人が来る前に言いかけたこと覚えてるか?」

「うん、そういや……の後の話?」

「ああ。あの場では家の間取りから見たら隠し部屋があるようには思えない。錬金術の本もない。だから研究はしていない、って雰囲気になったろ?」

「うん」

「だけどよ、思い出してみろ。お前が魂を定着させた鎧だってことを知った時のなまえさんの顔。」

 ーー魂の錬成……すごい、並の錬金術師にできることじゃあない! それじゃあ血の紋は……
 二人の中で、なまえの瞳が蘇る。彼女は人よりも面積の広い黒目があらわになるほど目を見開いて、頬を紅潮させ、強い興味を示していた。

「そうだなあ、きらきら輝いてたよね」

「だろ?ありゃあ研究熱心な奴の顔だ。そんな人が錬金術齧ってないわけがねえ」

 エドワードは彼女のあの様子に、自分たちと同じ臭いを感じ取っている。アルフォンスはそれに同調する様子を見せたが、ふと気がついて、でも部屋が……と少し渋った。

「そんなん俺たちが知らないだけでどっかに研究室構えてるかもしれねえだろ? ……それに、飯屋で俺たちが座ってた床見たか?錬成の跡が残ってた。おかしいと思ったんでさりげなく足元で色々やってみたが、ありゃ下になんかあるぜ。」

「えっ、いつそんなことしてたの!?」

「あー、ビンボーゆすりしてた時とかな。まあバレないうちにちょちょいと」

「うわあ、ボク全然気づかなかったよ! それで、何かって?」

「地下室だ」

「……地下室? もしかして、錬金術で地下の入り口を隠してるのかな」

「ああ、十中八九な。二階に何もなかったってことは、実験機材に研究資料一式、そこにあるかもしれねえ」

「ってことは」

「ああ、乗ってくるさ」

 二人の間に漂っていた不安を払拭するように、エドワードはそう断言した。

「すごいや兄さん!」

「褒めろ褒めろ」

 アルフォンスから花のような幻覚があふれ出す。兄を賞賛するアルフォンスに、エドワードの鼻先も高くなる。

「ん、そういやそろそろ腹減ってきたな。ここメシ付きじゃないらしいから、外行ってくるわ。アルは?」

「あ、ボクはいいや。まだちょっと続き読みたいから。今すごくいいところなんだ」

 エドワードに話を振られる前、アルフォンスは読書をしていた。彼はその分厚い本をエドワードに振ってみせた。

「そか」

「うん、いってらっしゃい」

 ちょうど日が傾き切ったのを頃合いと見て、エドワードは宿の外に出る。なまえたちの店が空いてるならそちらでも良かったが、夜はやっていないらしく、閉まっていた。他に食事処も見当たらなかったので、目についたパブに入れば、色々な種類の酒の混ざった匂いがエドワードの鼻を通り抜けた。中では店員が一人いて、十人ほどの男たちが好き好きに飲み食いしながら程よく騒いでいた。

「おっちゃん、適当に」

エドワードはカウンターに腰掛けると、ラフな格好をした店員に話しかける。

「おう。黒パンでいいか?」

「なんでもいいよ」

 彼はよく食べる割にはあまり食に関心がない。もちろん美味しいものを食べるのは嫌いではない。だが、お腹を満たすことさえ出来れば構わないと思っている節もあるらしかった。いろいろ理由はあるだろう。

「おう坊主、さっきぶりじゃねえか」

「オッサン、さっきなまえさんの店にいた人か」

 テーブル席に座っていた見覚えのある髭面の男が、ビール瓶を片手にエドワードに向けて破顔する。

「だっはっは! ベンはこう見えても25なんだぜ」

 そして、もう一人の見覚えのある眼鏡の男が豪快な笑いを飛ばして、髭面のーーベンの肩をバシバシ叩いた。先ほどよりも酔っているのか、更に陽気なようだった。

「え、マジで」

「おう、しかも町長」

「へえ、町長にしては若いんだな」

「ポックリ逝っちまった親父殿の跡継ぎさ」

 ベンはエドワードの独り言に答えると、ビールジョッキをぐいっと飲み干した。

(オイオイ、大丈夫かこの町)

 昼間から続けて飲んだくれてるのかは知らないが、昼も夜もベンが飲んでいるところを見てしまったエドワードは、少しこの小さな町が心配になった。

「へえ。あ、どーも」

 適当に、と頼んだものがカウンターの向こうから渡される。黒パンには燻されたハムと溶けたチーズが挟まっていた。

「あ、わり。俺牛乳ダメなんだ」

 添えられた飲み物はなんとエドワードの大嫌いな牛乳。替えを頼むと、テーブル席の方から小さい声で伸びねーぞ、と聞こえた。

「誰が豆粒ドチビだっ!」

「そんなに言ってねえ!」

 耳聡く呟きを拾ってしまったエドワードが脊髄反射で噛み付くと、恐らく拾われた声の主であろう男がツッコミを入れる。どこに行ってもエドワードはこのような扱いを受けているが、それは過敏すぎるエドワードが面白いからに他ならない。どんな大人もからかいたくなってしまうのだろう。

(すぐにぐんと伸びるに決まってんだろ! バーカバーカ!!)

「……ケッ」

 内心子供のような悪態をつきながら、黒パンにがぶりとかぶりつく。随分固く、非常に食べづらい。力任せに引っ張って噛みちぎると、ある程度噛んでから新たに渡された飲み物で、ぐっと喉に流し込む。喉に引っかかってえづきそうになるが、味は悪くなかった。


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