04

まだ日も出ないほどの時間帯。真夜中と言っても差し支えない頃合いに、コナンと私は寝室で向かい合って座っていた。

「本当に出て行くの?」

重苦しい色をはらんだ声で、問いかける。コナンはしっかりと決意をした顔つきで「ああ」と言った。
コナンが私の家に現れて、きっかり3ヶ月が経った。何の手がかりもなく、ただ時が過ぎ去ってしまった。
日が経つにつれてコナンはカリカリしていくようにも、疲れていくようにも見えた。けれど、彼は決してそれを私にぶつけるようなことはしなかった。全く外にも出られず、何の手がかりも得られず、会って喋ることが出来る人間は私だけ。彼にとって地獄のようにつらい日々であったはずなのに、全く末恐ろしい精神力だと驚嘆するばかりである。
ただ同時に、私に素を見せることもほとんどなくなってしまった。二ヶ月が経った辺りから、平日に起きている姿を見ることはなくなってしまった。私が外出している間はきっと起きていたのだろうけど。
土日は、一日中寝ていると言うのもあまりに腐りすぎていると思ったのかどうなのか、それは定かではないが、起き上がって、何か考え事をしているらしかった。しかし、必要なこと以外は独り言も、ほとんど聞かなかった。
コナンと私をつなぐコミュニケーションは朝晩の挨拶と私の勉強に関しての一日一度のメモのやり取りと、食事後のコナンから私へのお礼のメモが主になってしまっていたくらいだ。

けれど、コナンも私も互いが嫌いでそうしていたわけではない。少なくとも私は、全くそうではなかった。コナンも喋らないとはいえ、私に相対するときの雰囲気は、けしてギスギスしたものではなかった
だけれどコナンが、境遇自体に、発狂しかけていたのだ。そんな状態でも尚私を傷つけまいと必死になるその姿に、私が気軽に何か言えるようなわけもなかった。

「ねえ、もう少し。もう少しだけ私の家にいない?」

三ヶ月でおしまい。その取り決めに私も頷いたから、これは言うべきことじゃないのかもしれない。けれど、言わずにはいられなかった。
私にとってこの生活がおしまいということは、帰ることを諦めるのと同じような意味を持つ気がしているのだ。だから、どうしても引き止めてしまいたくなった。
例え遠い県から仕送りをし続けてくれている両親や近所の人に少なからず怪しまれ始めているということがわかっていても、コナンを"孤児"として追い出してしまいたくなかった。

「いいや、ダメだ。わかるよな?」
「わかる。けど、わかりたくない」
「なあなまえ。これはオメーが俺を見捨てる訳じゃねえんだぜ」

その言葉に、私の心拍数が明らかに跳ね上がった。そして、私の体の中で目頭が一番熱くなったような錯覚が頭を支配する。

「このまま過ごしたとして、オメーがマズい状況に陥っちちまうだけだ。三ヶ月間まともな恩返しも出来なかった俺の恩人に、これ以上の迷惑をかけるわけにはいかねえ。な?」

どこまでも優しい言葉尻に、私は泣かざるを得なかった。コナンは、私と始めて会ったときに着ていたパジャマを身につけている。
何も持たないことが、彼にとっての身支度らしかった。
正面に座るコナンは、私の涙を掬いとると、私とおでこをくっつけた。

「わかってくれるか?」

その言葉に、頷かないわけにいかない。こんなに近づいたのは、一体いつぶりだろう。そう思いながら、私は口を開く。

「恩返しが出来ないなんて嘘だよ。偏差値、先生みんながびっくりするくらい上がってるんだから」
「それはオメーが努力したからだろ?俺は、紙でのやり取りでしか勉強の話を聞こうともしなかったし、オメーを不快にさせるようなことばっかしてたんだ」
「いっそ爆発してくれたら、とも思うけどね。全部ぶつけてくれたら、そのあとはきっと笑い合えたんだろうなって、思うよ」

今までけして触れてこなかった事実に、わざと手を伸ばしてみる。

「バーロ、この時期にんなオメーのこと不安定にさせかねないことできっかよ。それに、何も悪くないオメーに俺の勝手な感情ぶつけたりなんか、できねえよ」
「……年上のことオメー呼ばわりしてるとは思えないくらい紳士的な考え方だね。それに、すっごい頑固」

ふん、とすぐ側で鼻で笑うのがわかった。

「それが俺なんだよ」
「だろうね」

額の熱が離れる。それに強い名残惜しさを感じながら目蓋を開くと、コナンがとても優しく笑っているのが視界いっぱいに広がった。
まじまじと見つめること、ましてこんな穏やかな笑顔が見られるだなんて、久しくなかった気がする。
今度は私の番だと、コナンの顔に両手をあてた。やわくてあたたかな頬を親指でなぞると、くすぐったそうに笑った。
私はそのかわいらしさに笑みをもらして、口を開いた。

「きみが元の世界に戻れないなんて、ありえないよ」
「当たり前だろ」

挑戦的に笑うその顔が、何より愛おしい。そう思う。

「私の顔も、声も、笑顔も性格も住所もメールアドレスも電話番号も、全部忘れないでね」
「ああ、忘れたくっても忘れらんねえだろーな」
「なんそれ、忘れたいの?」
「まさか」

テンポの良い会話がとても心地よかった。

「最後だし、好きって言っていい?」
「……いいよって言う前に言ってんじゃねえか」

眉尻を下げて、コナンは嬉しそうに笑った。喜んでくれてるのかなあ。だとしたら、幸せだなあ。そう思った。
そう、私はこの三ヶ月間で完全にコナンに恋をしてしまったのだ。溺れることも今の今まで伝えることも出来なかったけれど、この三ヶ月間、ずっと彼らしい優しさに浸ることが出来たのだ。それだけでもう、幸せだった。

「返事はいらないよ、きみは蘭ちゃんと幸せになるための努力だけすればいいんだからさ」

だから、いいのだ。未来にどう思うかなんてわからないけど、今のところ構わないから、いいのだ。

「さあ、どーだかな」
「ふ、なにそれ。とにかく、元気でね、絶対に」
「オメーは受かれよ、絶対。まあ、合否がわかる頃にはいねーだろうし、おめでとうも言えないんだけどな」
「じゃあ今言ってよ」
「やだね」
「なんじゃそりゃ」

なんて、私たちはまた笑った。

「じゃあ、夜が明けちまう前に行くな」

ひとしきり笑ってから、コナンはそう言った。

「うん。監視カメラにはくれぐれも気をつけて、ね」

「…おやすみ」
「おやすみ」

それで、私はそのままベッドに横になったし、コナンは寝室から出て行った。
さようならのキスもおやすみのキスも何もなしに、私たちのとても不思議な関係はきっかり三ヶ月で、終わったのだった。


*prev next#
back to top
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -