03

翌日、コナンと話し合っていくつかの決めごとをした。話し合ってというか、コナンの決めたことを私が聞いて意識の擦り合わせをした、と言う方が正しいが。

まず第一に、コナンの外出は必要最低限以下に済ませること。これは彼が不測の事態に陥る可能性を下げるためだ。コナンの場合、医者にかかるようなことがあったとき、最悪警察を呼ばれる事態になりかねないのである。

第二に、私がコナンを養うのは三ヶ月まで、ということ。もし三ヶ月経っても帰れなければ、記憶喪失の少年として保護を求めに警察へ行くことになる。
当初コナンは半月で出て行くと言い張って聞かなかったのだが、流石に半月と言う数字は心もとなすぎる上、それで出て行かれたのでは寝覚めが悪すぎて逆に私がたまったものではないと思い、私が"現れたのはこの家なのだから、ここにいる方が帰れる可能性が高いのではないか"とか、"私の勉強を見ると言ったのはきみなのだから、もっとまとまった時間をうちで過ごすべきだ"と説得して、ようやっと三ヶ月で落ち着いたのだ。いくらコナンが賢いとはいえ、彼も私も未成年だし、コナンは外見だけなら小学生だ。社会的に見て、非常に弱い存在だ。三ヶ月以上二人で生きていくには困難だろうと、手を打った。
また、外出を控えると言うことには、仮にコナンが保護されることになった場合に、私との関連性を疑われないようにする意味もあるのだそうだ。最悪私が警察に厄介になることもあり得るらしく、「慎重になんなきゃならねえ」とコナンは言った。
私はこの二歳年下の少年に感心しきってしまい、ついすごいねえと頭をかき混ぜるようになでてしまった。顔を赤くしてかなり抵抗された。

第三に、私がコナンを養う代わりに、コナンは私の勉強の管理に力を注ぐということ。
コナンの生活費は私の監督代であるということで彼の心理的負担を軽減してもらうことにした。

他にも、実年齢が近い男女が共同生活を送るということもあり、生活におけるルールをいくつも決めた。
食器と個人的な衣類を洗うことと食事作りと買い物は私の仕事で、下着以外の衣類を洗うことと床の掃除機がけはコナンの仕事とするしたり、パーソナルスペースが近づきすぎてしまわないように互いの定位置も決めた。リビングの隅がコナンで、キッチンの奥が私だ。

ちなみにコナンは最後まで抵抗していたが、寝室は同じにした。ダブルベットであることと、他に場所を作れないと言うことが理由だ。私の家は机に占拠されたリビングとダブルベットに占拠された寝室と、本に占拠された小さな書庫、それからキッチンとトイレとバスルームでできている。
狭くはないが広くもない、わたしの城。わたしの縄張りで彼がのびのびと眠れる場所と言えば、寝室しかないのであった。

話し合いがある程度までまとまったところで、私はコナンの日用品と洋服、食品の買いだめをするのに家を四往復した。
一度目は人気の推理小説を数冊買って渡すためだ。ただの人気じゃない、日本どころか世界中を熱狂させた綿密なトリックの仕込まれた本だ。本格的なミステリーものは今まで読んだことがなかったので、私も読むつもりで吟味した。
それを渡すと、案の定私がばたばたしていても本から顔を上げることがなかったので、楽だった。



本日四回目の玄関を通り抜け、近所のスーパーから引っ張ってきた荷物を机の上に乗せようとリビングへ入ると、気まずそうな顔をしたコナンが椅子に座っていた。
大方本にかまけて私の手伝いが出来なかったことに対して居候としての罪悪感でも覚えているのだろう。手伝ってもらうことも特になかったので私がそう仕向けたのだが、流石にこの時間になっても我が物顔で本を読みふけっていたらそれはそれで腹が立っただろうから、ちょうど良い頃合いだったのだろう。

「お、おかえり」

テーブルには赤本と勉強道具が広がっており、彼なりに何かしようとしていたことが伺える。うん、人として悪くないこの感じ、いいな。
そう思いながら、「ただいまー。早速なんだけど、ちょっと机のものどけて欲しいなーって」と、言う。
ビニールに血を止められた指先がそろそろ限界だと玄関をくぐったあたりから私に訴えているのだ。

手早く片付けてもらい、ようやく数々の買い物袋を机の上に乗せて息をつくと、コナンはすまなそうに「サンキュ」と呟いた。

「いーや、私の仕事だしいいのよ。それより、渡した小説は面白かった?」
「おう、感激した。あんなにミステリアスで写実的な推理小説、久々に読んだぜ」
「へえ、そりゃよかった。頭使いすぎる本って今まで避けてたけど、やっぱり挑戦してみよう。・・・よし、冷蔵庫に詰め込んだりするの手伝ってくれる?」
「わかった」

玉ねぎとカツと三つ葉と卵を残して、あとは全て貯蔵する。
お米が炊き上がっているのを確認すると、調理の支度をはじめた。

私が作ろうとしているのは、母直伝の甘いカツ丼だ。幼い頃からこれが大好きで、ことあるごとに作って貰っていたな、と思いながら玉ねぎをリズム感たっぷりの手捌きで切っていく。
目が染みて涙がポロポロ、というのは御免なので、しっかり冷やしているし、換気扇だってしっかり回している。おかげで、事もなげに終えられた。

卵にこれでもかと砂糖を溶かしているとき、果たして彼はこれが食べられるのだろうかと思わないでもなかったが、うまいうまいと食べてくれたので、杞憂だったらしい。味覚が近くてよかったと心底安心したものだ。

洗い物を終わらせてリビングへ行ってみれば、再び私の勉強道具と赤本を広げ、私を待ち構えているコナンがいた。

「#りいさ#、これ、ちょっと書いてくれねーか」
「ん、わかった……これ、私の行動を表にすればいいの?」
「おう」

渡された紙には月曜から日曜までの七つ分の行と、起床時間・午前・午後・夜・就寝時間の五つ分の列が交差した表が作られていた。
五分ほどかけて書き込み、それをコナンに渡せば、目を通して何かを考えはじめた。

「……なまえ、オメー、大体何処ら辺目指してんだ?」
「んー、六十半ばくらいのとこ」
「で、足らねえ偏差値は?」
「平均的に五づつくらい」
「科目は?」
「英国日本史の三科目」
「苦手なのは?」
「日本史」
「それなら、全く歯が立たねえ訳じゃなさそうだな……。だったら−−」

と、怒涛の質問責めを食らった。この後も暫く続くのだが、何が面白いというわけでもないので、割愛させていただく。



「……ん、大方把握出来たな」
「なんか改善しなきゃダメなとこ、あったら教えて欲しいんだけど」
「……そーだな……これ、俺が口出ししても構わねえんだよな?」
「ためになりそうなことならなんでも取り込むからカモン」
「なら言うけど、もう少し朝型になること、朝晩の暗記の時間の確保、復習の時間の確保が必要だ。……っつーことは……」

コナンのその言葉に、やっぱ暗記もう少し強めるべきかなどと考えていると、コナンは私が書き込んだものと同じ表が書かれた紙に、新たに何かを書き込み始めた。手早く書いているというのに、字が私よりも綺麗で凹んだ。

「……よし、こんなもんか。とりあえず、これからは今までより三十分早く寝て一時間早く起きるってのはどーだ?そうすっと丁度六時間睡眠になるから睡眠時間としては理想的なんだ。
んで、新たに寝る前に復習と暗記、起床直後に前日暗記したことを確認する時間を作った。
あんまり今までのリズム崩しすぎてもよくねえから。……悪くねえとは思うんだが、どう思う?」

子供特有のくりくりとした瞳が私を見つめる。どこか満足げな色が伺えたので、私はそれに応えるためににっこり笑った。

「うん、いいね。前より効率よさそうだから、今日から暫く試してみることにする」
「そか。……昨日と今日、ペース崩しちまって、悪かったな」

無理なく生活改善が出来そうだな、と思いながらコナンに渡された紙を見ていると、そう謝られた。まあ、二十時間勉強できなかったのは痛いけど……。

「いいよ、二日間投げた代わりにすごく心強い味方できたし。いつまで続くのかは知らないけど、よろしくね」

私はそこまで気にしていないが、恐らくコナンは、彼自身の中で肩身の狭さをひしひしと感じているのだろう。まあ、あまり居候然とされすぎるのも困ったものであるが。
私はコナンがコナンである限り、彼が家に帰れるまで快適に過ごせるようなバックアップは努力しよう。そんなことを考えながら、利き手を差し出した。

「……ああ、よろしくな」

コナンも私の決意を感じ取ったのか、柔らかく笑って、私の手を取った。





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