02

「……俺まだ信じてねーかんな」

そう言うコナンくんの顔は、とても不貞腐れたものであった。

「信じてねーと言われてもねえ」

と言いながら、私は彼のぶりっ子が剥がれ落ちるまでの経緯を思い返し始めた。



あれから私は、自分の知り合いがみんな電話に出ないからコナンくんが私の家を家捜ししていたのだと知り、彼の言う住所や地名が存在しないことに2人で驚きあった。驚きあうとあうか、コナンくんは仰天を通り越し、あまりの衝撃に白目を剥いていた。

そしてそれから、"名探偵コナン"という私の脳内にのみ存在する漫画の主人公がコナンくんであることに気が付いた。
(決してその漫画が私の創造物だと言いたいのではない。むしろ、てっきり現実で出版されているものだと思っていた。しかし調べてみるとそんなものはなく、私だけがその漫画の存在を知っている形であったため、そう言ったのだ。)

とりあえずその漫画について話してみると、コナンくんは血相を変えて私に詰め寄ってきた。

「何で私も知ってるかわからないんだよねえ」

と言いながら路線図や国会中継を見せてみると、案の定記憶と一致すべきものが一致していなかったらしく、私からパソコンを奪い取った。
そして、恐ろしいスピードでタイピングを始めたのだ。この辺りで既に険しい口調と顔つきが滲み始めていたので、「ああ、必死に隠していたんだな」と思いながら、あまりにも見事な彼のブラインドタッチに感心していた。

そのまま彼の好きなようにさせておくと、私に漫画喫茶と図書館に行きたいと言い出した。
薄々事態を飲み込み始めていた私は、この状況に内心混乱を極めているだろう彼のしたいままにさせてやろうと思い、道中パジャマのコナンくんに服を買い与えて、どちらにも連れて行った。
ちなみに漫画喫茶にはパソコン目当てで行ったようだ。私のパソコンからの情報だけじゃ信用ならなかったらしい。

帰る頃には21:00近くになっていて、「ああ今日は勉強してないな」とは思いつつも、ショックを受けるコナンくんを放っておくこともできなかったので、今日は諦めることにした。

そして、机に突っ伏して動かなくなったコナンくんに、「……たぶん理解したとは思うんだけど、きみが異世界に来ちゃったこと、わかる?」と恐る恐る聞いてみると、コナンくんは顔を上げて、ぶすくれた顔で小さくうなずいた。

あまりに可哀想だったので、「……帰れるまで、うちに住む?」と提案してみれば、ひどく驚いたような顔をした。
なんでも、すぐに追い出されると思っていたのだとか。

「まあ、まだきみに誘拐犯だと思われてるなら、話は別だけどね」と言えば、「いや、それについてはアンタのことは疑ってねえよ」という答えを貰った。
長くなったが、ここが彼のぶりっ子が成りを潜め切った瞬間である。



一旦、冒頭に戻ろう。彼が「信じてねー」と言ったのは、私の中の"名探偵コナン"に関する知識である。

「というか、異世界の存在はあっさり信じたのに、こっちはダメなの?」
「検証に3時間強かけてようやく飲み込んだってのにオイオイ……俺、どんだけ頭固いと思われてるんだよ」
「非科学的なことは基本的に信じないし、どんなことも出来る限り理詰めで説明しようとするタイプだと思ってる」
「……よく知ってんじゃねえか」
「まあ、知ってる(・・・・)からね」

知ってる、の語気を若干強めて言ってみれば、コナンくんはわたしのことをうさんくさそうな目で見て来た。

「……心理分析でもしたんだろ。ーー異世界云々については確かに非科学すぎるほど非科学的な出来事だが、覆しきれねえ証拠がわんさか出てくるんだから、信じざるを得ないだろ。ホームズだって、『ありえないことを取り除くと、残ったものがどんなにありえそうもないことでも、それが真実である』って言ってっから。
けど、アンタのその知識については正直半信半疑ってとこだ」

おお、でたホームズ。

「まあ、きみが漫画の登場人物なんですよって言われて信じられないのもわかるけど、事実だしね」
「バーロ、事実っつったって肝心要の漫画についての話がアンタからしかねぇじゃねえか。それなら俺が目を覚ます前にアンタが俺を催眠術にかけて情報搾り取ってた、って言った方がまだ信じられるさ」
「あー、まあ、そりゃそうだよね」

確かにそっちの方が筋が通りそうだと思う。しかし、そんなチャチな情報量ではないのだ。時間をかけて説明すれば納得もしてくれるだろうが……さて、どう説明しようか。
そう思っているうちに、事態が変な方向へ向いてしまったことに気付く。

「そもそも、アンタに聞かされたその漫画の情報が『薬で子供にされたきみが、元の姿に戻ろうとがんばる話』ってだけなのが信用ならねえ。……やっぱ、俺の知らないうちに俺から何か聞き出しただけなんじゃねえの?もしそうなら、」

コナンくんの顔が険しくなって、彼の体に力が入ったのがわかった。

「ちょ、タンマタンマ。ほんとそういうのじゃないから。私そういうことしてないから。初対面の女に言いもしてないプライバシーな話いきなり聞かされたら気持ち悪いだろうしドン引くだろうなって思ったから言わなかっただけだって!
もし私がベラベラきみの個人情報喋りまくってたとしたら、今こうしてコナンくんと会話できてなかったと思うんだ、主にコナンくんに超嫌われることが原因で。……だと思わない?」

そう、私の懸念はそこにあった。あまり詳しく話してしまえば話を信じてもらう代わりに嫌悪感を持たれるであろうことは考えずともわかったので、突っ込んで話すことを避けてしまったのだ。

「まあ、一理あるな」
「でしょ?まあ、気持ち悪がられない程度に期を見て追い追い話すつもりではあるからさ、今のところは私のこと信じてくれない?家捜ししてみて、怪しいところはなかったでしょ?
とりあえず、君が荒らしたこの家の片付けやらないとならないし、一旦保留にして欲しい」
「……わーったよ」

真剣なまなざしでそう訴えてみれば、コナンくんは一時手を引くことを承諾してくれた。

「あと、部屋、悪かったな」
「いや、仕方のないことだったろうし、怒ってないよ?」

決まりが悪そうに頭をかくコナンくんに、そうフォローを入れる。うん、怒ってないよ。死ぬほど面倒くさいとは思ってるけどね、うふふ。そんなことを心の中で付け足した。

周囲を見回してみれば、私とコナンくんの座る机以外の場所は、かなり散乱していた。収納していたものがほとんど引っ張りだされているらしかった。

これは骨が折れるだろうな、と苦々しい気持ちでいっぱいになる。

「……じゃあきみは、冷凍庫の中に入ってるもの何か選んでチンして食べといて」
「いーって、俺もやる」
「はいはい、きみ朝からなんも食べてないでしょ?レンジは使い方わかるよね?」
「なら、アンタだって同じだろ。食べようぜ」
「時間もったいないからいいの私は。余裕あったら食べるからさ。ほらほら、家主のいうことには従いな」
「……わあったよ、悪ィな」
「いいのいいの」



「そういやアンタ、浪人生なんだよな」
「ああ、そういえば言ったかもね」

コナンくんはパスタを選んだらしく、出来上がるまでは手伝ってくれるようだ。

「あのよ……年下にこう言われるのって嫌かもしんねえけど、もしよかったら、俺にサポートさせてくれねえか?」

散乱するDVDに手を付け始めてから少し立った頃、やや言い淀みながらも、コナンくんはそう言った。
16歳が大学受験のサポートねえ……。と思うが、そう言えば彼は専門家を唸らせるほどインテリゲンチアな青年なのであった、ということを思い出す。下手したらも何もないほど、私よりも頭がいいに違いなかった。

「ーーおっけ、お願いする。よろしくね」
「お、おう。こちらこそお世話になります」

互いに向き合って、見つめ合う。にやりと笑いかけると、コナンくんも同じように片口角を上げた。
"チーン"と、頃合いを見計らったかのように台所のレンジから音がする。パスタが温まりきったのだろう。

「お、できたね。とりあえず、食べといで」

そう言うと、コナンくんはサンキュな、と答えて、台所へ消えた。
……と思ったら、数歩後ろ向きに歩いて私に向き直った。そして、頬をかきながら、こう言ったのだ。

「なあ、……名前、教えてくんねえ?」

と。

非常にかわいらしかったので、今まで散々アンタ呼ばわりされていたことは許すことにした。

「ん、なまえだよ。よろしくね、コナン」





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