遭難探偵(コナン)

「ねえねえ、お姉さん、起きて起きて」

そんな声が私を起こしに来た土曜日。布団越しにその声の主が私の体を揺らすのが感じられた。

「んー……やーだ、ーーー??」

駄々をこねるように、ほとんど無意識で返事をする。しかし、先月から一人暮らしをしている筈では、という考えが頭をよぎって、非常に寝起きが悪い普段の私とは思えないほどの素早さで頭が冴え渡る。

「ええー?起きてよお姉さん!ねえねえ!」

そんな、可愛らしい少年の声が目の前から聞こえる。しかし私は、目を開くことが出来ない。
私の寝具は小さな寝室いっぱいのダブルベッドだ。そうであることに深い意味はないが、広いお陰で毎日のびのびと眠れている。しかし、半月弱の一人暮らしの生活で、こんなことは一度だってなかった。
背筋がすっと寒くなる。ーーまさか、お化けだったりするのだろうか。
そう考えてしまって怖くなった私は、頭をぴゅっと布団に潜らせて、現在いるところとは逆側の、壁際の方へ芋虫のように転がった。ちなみに、私の意識が浮上してからここまで、約30秒ほどの出来事である。

「……な、なに!?誰ですか!!」

恐怖に引きつった私の声は、寝起きであることを加味してもなお、盛大に裏返った調子外れのものだった。うわあ恥ずかしい、と思わないでもなかったが、それはあとあと、冷静になった時に思ったことである。この時点では声の主を八割方は霊であると信じていて、声のトーンを気にすることができるほどの余裕はなかった。

「お、お姉さん……?」

子供の霊(らしき人)が戸惑いの声を上げる。私はそれにヒイ、と答えることしか出来ず、芋虫の格好のまま、ずりずりとベッドを這いずって、少年の霊が立つ枕元から出来るだけ距離をとった。
それから、私と霊は互いに沈黙した。アナログな型の目覚まし時計の秒針が、カチ・カチ・・・と音を立てる。その馴染みの音を聞いていると、だんだん冷静になってきたので、ゆっくりと深呼吸をしてから、恐る恐ると形容するにふさわしい速度で、枕元に向けて布団から目元をだした。
そこで初めて部屋の光に眼球を晒したので、私は眩しくてたまらなかった。しかし、それでも目を凝らして声の主をみてみようとしてみると、案の定というか、子供であった。

「こ、子供の霊……??」

その子は何か考え事をしていたようで私の方を見てはいなかった。しかし、私のその声に反応して、弾けるようにこちらを見た。

「……霊?……僕が?」

そして、あろうことか話しかけてきたのだ。
眩しさに目を細めすぎて、少年の顔は窺い知れない。しかし、私の考える幽霊像とは違って、足もあるし、透けてもいなかった。

「ち、違うの?」

相変わらず上ずった私の声で、私はそう投げかける。

「プッ……違うよ、お姉さん」

少年は私の言葉に吹き出した。この時の彼の声は、完全に私を馬鹿にしていただろうと、後の私は思い返す。

「僕の名前は江戸川コナン!目が覚めたらお姉さんの家のシャワールームだったから、僕てっきり誘拐されたと思ったんだけど……なんだか、違うみたいだね?」
「ん?ーーーーんん?」

少年の言葉を、私は一度では理解できなかった。

「……ごめんねボク、ちょっともう一度同じこと言ってくれない?」
「いいけど……お姉さん、まずは布団から出ない?」

そう、私は依然として、布団から目元のみを出す芋虫であった。

「そうね」

少年に復唱を要求したが、至極もっともな意見で返されたので、芋虫のポーズから脱することにした。

「ボク、ジュースあげるから、お姉さんが身支度するのちょっと待っててくれる?」
「うん、わかった!……あと、部屋から出ても、驚かないでくれる?」
「え、なんで?」
「その……僕、お姉さんのおウチ、ちょっと荒らしちゃったの」

体を起こして、IKEA製のベッドの上で伸びをしながらそんな会話をした。
「あ、荒ら……?」と、またもやよく理解できなかった私は、とりあえず頷いておいた。
昨晩髪を乾かさずに寝てしまったせいで恐ろしいことになっている髪を揺らしながら、隣のリビングに移動しようと立ち上がる。その間、私の身長の半分とちょっとしかない身長の眼鏡の少年は、よくわからないがこれ以上ないというほどに私をガン見していた。な、なんだよう…と少し戸惑った。
しかし寝室の扉を開けると恐ろしい光景が広がっていたので、すぐにどうでもよくなった。

「なんじゃこら」

家に置いてあるものはそんなには多くなく、割と整頓された状態を保っていたはずなのだが、ちょっと見ないうちにいろいろなものが散らばった部屋へと様変わりしていた。
物が壊されたとか、そういう荒らされ方ではないようだったので、控え目な強盗に入られたのかな?といったところだろう。
もしやと思い、寝室をみる。ぱっと見は寝具と備え付けの天井まである収納棚だけのこざっぱりした部屋にしか見えないが、棚の取っ手を引っ張り中の引き出しを開けてみると、全て一度ひっくり返されたような形跡があった。もちろん下着類も。

「……???」

頭がついていかず、少年を思わず見ると、「ご、ごめんなさぁ〜い」と謝られた。
非常に可愛かったので、「いいよ」と許すことにした。それから、冷蔵庫からカルピス(原液)を出して、コップにたっぷり注いで机に置いてあげた。

「ほい僕、カルピスだよ〜」
「わあ、ありがとう!………ハハハ…」

と、一度口をつけてからコップに手を伸ばさなくなった少年をリビングに置いて、寝室に戻って、引き出しに無造作に突っ込まれた衣類を全て床にぶちまけた。ううむ、シワがついてしまってる。
全ての服がシワシワになってしまうと非常に困るので、洗面台横から無駄に大量にあるハンガーを持ってくると、あまり折り目がついていないものを中心に救い出し始めた。
たたむのは時間がかかるので、応急措置だ。
ハンガーにかけて室内物干しにかけてしまうと、その中から服を選んで寝巻きからそれに着替えた。
それから髪をとかすと、アイロンでもかけないと直りそうもない寝癖が幾つかあったので、ポニーテールにしてしまう。
最後に顔を洗ってさっぱりさせると、一向に減る様子を見せないカルピスと少年の待つ机の横の椅子に腰掛けた。ついでに新たにコップを二つと、冷蔵庫からミネラルウォーターを持ってきて、普通の濃度のカルピスを改めて作った。
その間の少年の視線が痛かったけれど、気にしないことにした。

「いやー待たせたね。あ、お腹減ったなー。ご飯用意していい?ボクも食べる?」
「いや、僕はいいや。というかお姉さん、僕の話気にならないの?」
「……わかったわかった。ボクの話先に聞くからさ」
「ア、アハハ……」

そうして話し始めた少年。普通の子供の国語力と語彙力ではないらしく、まとまりがあって非常にわかりやすいものであった。

「へえ、目が覚めたら私んちのシャワールームで寝てたのね。それで……ボク、じゃなくてコナン君は自分が誘拐されたと思って、私がぐっすり寝こけてるのをいいことに家じゅうひっくり返したけど何もなかったから、誘拐犯ではなさそうな家主の私を起こして事情を聞こうと思った、っていうことでいいんだよね?」
「……う、うん、そういうこと!
僕、なんでお姉さんの家にいたのかわからないんだけど……お姉さんは何か知らない?」
「うーん……知らないんだよねえ。あ、実は私浪人生なんだけどさ、平日は塾行ってるのね?確か昨日は11:30くらいまでやって、30分かけて家に帰ってきて、それでお風呂入って寝たんだよなー。
ほら、昨日の退出連絡メールだよ。11:28てあるでしょ?だから、私には見ず知らずの君んちに押し入って掻っ攫ってくるなんて余裕ないんだよねえ……ってうっそもう16:00?今日私どんだけ寝たんよ……



あ、そうそう。すっかり忘れてたけど、コナン君、親御さんに電話しなさいね。電話なら貸してあげる。で、その後家まで送ってあげるから。……んーまあ、警察沙汰にならなきゃいいんだけどねえ」





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