幽霊女子高生(ハリポタ)

 あたしは今、駅の構内で電車を待っている。学校に行くため、学校にいるあたしの大好きな友達と彼氏のため。好きなことはお洒落と読書と食事と筋トレ。あたしは今自分の趣味に全霊をかけて生きていると思う。だから、他の人からどう見えるかなんていう物差しじゃない、輝いた高校生活を送ってる。

--二番線電車が参ります、白線の後ろまでお下がりください。尚、当駅では停車いたしません

 アナウンスが鳴ってすぐ、電車が来ているのが見えた。減速をせずに通過するこの電車が起こす突風の威力はスカートをまくるなんて造作もないものなので、よく短いって怒られるプリーツを押さえた。
 ガタゴトンガタゴトン、と早いテンポで線路を鳴らしながら、電車が迫る。プアーンという不協和音は、もう何百回と聞いた。どんどん大きくなっていく車体を見つめていれば、すぐにあたしの目の前を通過する。どっしりとした車体は、風を押しのけて軽やかに駆け抜けて行ってしまった。

 それは、わずかな時間の出来事だった。だが、みぞおちほどの長さのあたしの茶髪はそれだけですっかり風に遊ばれてしまった。

「もー…」

 いつもの事に文句を言っても仕方がない。独り言をもらす前に、口を閉じた。
 片耳は髪をかけて出し、もう片方は出さずに長い前髪を流す。巻いた毛先が元通り見栄えるように、丁寧に手櫛で整えた。すると、そのうちの一本が目に入った。痛い、と思って咄嗟に目を閉じる。
 付けまつ毛をつかんでしまわないように、優しく目元を探って、髪を引き抜く。すると、痛みは消えてなくなった。だが、目を開くと何もかもが違っていた。たった一度の瞬きで、あたしのいた世界は激変したのだ。


 何万もの人が毎日擦り減った靴底で踏みしめているために汚れた固い地面は、いつの間にか靴越しにも分かるほど柔らかい、布製の、絨毯のようなものになった。排気ガスで薄汚れた空気と、薄汚れているなりに青さを精一杯たたえた昼間の輝きは、鼻をくすぐる香水の香りと、妖しく辺りを照らす薄暗さの構成する空間へと一転した。吹き抜けの構内は、様々な英国風の調度でいっぱいの広い室内へと様変わりした。
 そしてそこにはゴミほどもいた人の代わりに、黒いスカートみたいな物珍しい衣服を纏った恐ろしいく美しい男が、一人居た。その男は日本人ではない。イギリス人か、ドイツ人か、人種は定かではないが白人だ。男は、混乱の極みに居る人間を一瞬で惹きつけ見惚れさせるほどの美しい容貌をしていた。あたしの方向を向いた、きれいな装飾の施された椅子に座るその男は、ハードカバーよりもワンサイズほど大きそうな本を読んでいた。ページをめくりかけていたのか、紙の向きが地面と垂直になったままピタリと止まっている。


 男はあたしという存在を見るために、伏せられた瞳を上げる。視線がかち合うまでの数秒が、まるで永遠のように感じられた。長くて黒く濃い睫毛に縁取られた瞳は、強く人を惹きつける妖しげな色気を含んでいて、あたしはその眼に、強く、ひきこまれて--けれど、それからの時間の経過は一瞬だった。


 脳がとろけるほどの熱さを感じながら、あたしがコロンと人形のように、柔らかい絨毯へと倒れこんだのだ。どんなに力を入れようとしても、あたしの身体は微動だにしない。だけどあたしの眼は男の瞳を捉えている。男は、あたしを酷く冷たい目で見下ろしていた。
 今の一瞬で何が起きたかといえば、カッという緑色の閃光が視界を埋め尽くした、としか言いようがない。けれど、あたしの輝かしい人生は、この男の手によって幕を降ろされようとしているらしい。どうしてか、それが理解できた。
 まるで、できの悪い妄想小説に登場するやられ役から見た展開のようだった。あたしは美しいこの男に指一本すら触れられることなく、何か不可思議なもので殺されるのだ。もう、命が終わるのだ。死にたくないとあがくことも、最後に会いたい人に会うことも、美しいまま死ぬための仕度をすることもなく、こんなに若いまま。惜しいと思ったが、そこであたしはあたしを失った。





*prev next#
back to top
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -