06

「お、お父さん!?」

 この場で驚いていない人間などいなかった。なまえは二人の言葉に、エドワードとアルフォンスはなまえが見せた絵に釘付けだった。

「はい。といってもボクたちが小さい時に出て行ってしまったんですけど……この絵、本当に、すごくそっくりだ」

「あのクソッタレ、死んじまってたのか」

 親が死んだかもしれないという事実を知って尚、憎しみの籠った声で吐き捨てるエドワード。なまえはその様子にただならぬ事情を感じ取って、慌ててフォローに入った。

「で、でも、死んでしまったと決まったわけじゃありませんよね? 私が本当にこの人を錬成しようとしたのかもわかりませんし……」

「まあ、そうなんだけどな」

 内心死んでいたって構いやしないと思いながらも、彼女の配慮に乗っかるエドワード。

「父さん、なまえさんとどんな仲だったんだろう?」

「知るか。もし恋人だったとかなら……あの野郎、顔変わるほどぶん殴ってやる」

 自分たちの母であるトリシャというものがありながらなまえにも手を出していたのだとしたら……と、エドワードは犬歯を剥き出しにした。

「兄さん、落ち着いてよ! なまえさん僕たちと幾つかしか違わないんだよ? どっちかっていったら親子みたいな関係だったかもしれないじゃないか。……ですよね、なまえさん?」

「ううん……わかるといいんですけどね」

 アルフォンスが勢いよく振り返ってなまえの肯定を求める。彼女が曖昧に微笑んだところで、アルフォンスは自分の言動を顧みた。

「あっ……僕……その、ごめんなさい」

「いえ、思い出せない私が悪いんです。不安にさせちゃってすみません」

「い、いえいえ!そんな……」

 なまえは寂しげに笑った。
 記憶がないということはどんな感覚なのだろう。絶望という記憶が魂にまで染み付いていしまってるエドワードには彼女の寂しさを理解する事はできなかった。

「あークソ」

 頭をかきむしってから、親指と人差し指の頭で目頭を圧迫して、エドワードは思索に耽る。

(考えろ、何がどうなってんだ……)

「……あの、エドワード君?」

 黙りこくってしまったのを見て、なまえが話しかける。隣で頭を抱えていたアルフォンスがそれに気付いて口を開いた。

「兄さん、わからないことがあるといつもこうなんですよ」

「へええ、集中力がすごいんですね」

「……っだー!! わかんねえ!!」

「わっ」

「うわあっ……もう兄さん、いきなり大きな声出さないでよ! なまえさんもビックリしてるよ」

 突然叫んだエドワードに、二人は身体を跳ねさせて驚いた。アルフォンスのお小言にエドワードは片手を上げて反応した。

「や、わりーわりー。……つーことで、ってもどういうわけかオレもよくわかんねえけど、なまえさん、ここでちょいと提案があるんだ。あんた、俺たちと共同研究する気はねえか?」

「ええっ?」

「兄さん!?」

「考えようにも情報が圧倒的に足りない。だから、情報を集めるんだ。錬金術師が三人寄れば文殊の知恵、ってな」

 オレだけじゃなくてコイツも錬金術師なんだ、と言いながら、アルフォンスの鎧を叩いた。

「研究……」

「ずっととは言わない。でも、あんたのその体にオレたちが元に戻る手がかりがあるかもしれない。……だろ?」

 エドワードがアルフォンスに目配せをする。アルフォンスは的確にそれを読み取って、なまえに向けてうんうんと大げさに頷いた。

「そうだね。それに、なまえさんの記憶を取り戻す事もできるかもしれない」

「!!」

「もしかしたら、対価が記憶なのかもしれないだろ? その可能性があるなら、オレたちと研究してみない手はないんじゃねえか?」

 対価はなにも身体だけではないのかもしれないということに行き着いていたエドワード。なまえはその発想は思いもよらなかったことだというような顔で、ポンと手を打った。

「う、でも……私、働かないと……」

 半年前に身一つで目を覚ましたなまえ。研究ばかりとはいかないらしかった。

「生活の事なら大丈夫、兄さんが全部出してくれるよ」

「おう。心配すんな」

 そんな彼女を安心させるように、アルフォンスはエドワードの両肩を叩き、なまえの前に押し出す。エドワード自身も胸を張ってどんと財力をアピールする。

「ええっ、どう見ても私より年下なのに?」

 怪しむような視線をエドワードに向けるなまえ。その目は彼の頭の先と足の先を行き来していた。
 彼女の言いたいことを一瞬で理解したエドワードは、顔を般若のようにしてなまえに凄む。

「あ”あ”ん?オレになんかついてんのかオラ」

「い、いえ……?」

 ついっと視線を逸らすなまえ。よほど怖い顔だと思ったのか、頬に冷や汗が垂れている。

「兄さん兄さん、話ズレちゃってるよ」

「……お? ああ、そっか。……コホン。いいかなまえ、俺は国家錬金術師なんだよ。ほら、銀時計。だから金なら研究費からいくらでも降りるんだ、気にすんな! そんでオレに雇われろ!」

「国家錬金術師……?」

 うっかり脱線しかけた話を軌道修正したエドワードだったが、肝心のなまえがぽかんとした顔をしている。どうやら国家錬金術師が何かという時点でつまづいているらしかった。

「え、なまえさん、知らないの?」

「なんせ半年分の記憶しかないもので……」

 思わずアルフォンスが突っ込むと、なまえはわざと冗談めかすようにえへへ、と笑った。

「あー、国家錬金術師ってのはだなあ……」

 エドワードが説明をしようとすると、外からノックの音が聞こえた。

「なまえちゃん、親父が呼んでたぜー」

 という男の声。どうやらタイムアップらしかった。

「あっ、いけない! はあい、今行きまーす!
 ごめんなさい、そろそろ仕事に戻らないと……。明日お休みだからまた明日でも大丈夫ですか?
 あと、その……共同研究の件はまだ保留でも?」

「んー、まあ、しゃーねえか。なまえさんにも生活があるもんな。また明日も説得にくるよ」

 一度で決まらなかったことにやや不満げな色を浮かばせながらも、大人しく引き下がるエドワード。
 先ほどの調子でグイグイ来られると思っていたなまえは、内心感心していた。

「わかりました! あと、魂の定着についてもいろいろ聞かせて下さいね。それじゃあ!」

「なまえさん、また明日!」

「がんばれよー」

「はい!」

 と言いあって、なまえは大慌てで家を飛び出していった。



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