05

「通行料ナシだとおっ!?」

「し……信じられない!人体錬成の対価を持って行かれなかったの?だってそんなの……」

「ありえねー!」
「ありえない!」

 なまえの言葉を理解すると、エドワードとアルフォンスは声を大にして叫んだ。しかし、彼女の外見に欠損は見られないし、内蔵を持って行かれたにしては、明らかに元気そうだ。故に、彼女の言い分には信憑性がある。

 二人の心がざわりと波立ち、熱くなる。

「でも……兄さん」

「ああ……!」

 エドワードとアルフォンスは互いに顔を見合わせて、期待のこもった笑みを浮かべた。
 彼女の発した内容を二人はすぐに信じることはできない。彼らは真理を通ったがゆえに鎧の体に身をやつし、機械を肉体の一部としているのだから。けれど、もしそれが本当であるのならば。

(賢者の石の手がかりだ……!)

 そう意気込むエドワードのアンテナがピンと立ち、左右に揺れる。

 自分たちが元に戻る糸口かもしれない。エドワードもアルフォンスも、なまえにへばりつくような勢いで詰め寄った。彼女はその鬼気迫る姿に圧倒されてしまうが、気圧されながらも、ひどく申し訳無さげな表情を二人に向けた。

「あの……ごめんなさい。どうして対価なしに真理を見られたのか、私もわからないんです」

 私には記憶がないの、と眉をさげて続ける。

「私が目を覚ましたのは半年前のことでした。それより前の記憶はないけれど、足下に人体錬成の陣があったから私は誰かを錬成したんだって気がついて……そのことと、私が真理を見たと言うことだけは漠然と理解していました」

(あの時は怖かった。自分が誰かもわからないのに、科学の知識が頭の中で氾濫を起こしていて……)

 なまえは自分を抱きしめるように右腕を左の肘に回して、服を握りしめた。

「そんな……」

「……錬成は、どうだった?」

 エドワードは恐る恐る尋ねる。
 なまえはどうしても生き返らせたいと願った人を、二度殺してしまったのだろうか。あるいは、成功させることができたのだろうか。
 落胆の色を滲ませながらも、二人は聞く姿勢を解かない。

「錬成陣には私以外いませんでした。それどころか部屋の中にも、誰も。失敗したのか成功したのか、それすらもわかりません」

「跡形も無かった……ってことは」

「……どうなんでしょうね。この街で目を覚ましたのに、私を知ってる人は誰もいなかったんです。だから、私が作り出した人が自分の足で何処かに行ってしまったのか、何も出来上がらなかったのか、或いは誰かが連れ去ってしまったのか……見当もつきません。

 それに、記憶の方も……。この町にいれば何か思い出す事もあるかもしれないと思って、好意でこの定食屋さんで住み込みで働かせてもらってるけど、半年も経つのに、もう全然」

「……クッソォ」

 エドワードは唇を歯が食い込むほど噛み潰す。期待を掛けた分、やりようのない気持ちが心を支配した。

「……あ、でも。夢でたまに誰かを見ます。もしかしたら私はその人を錬成したのかもしれません。

 以前隣町の……といっても結構遠いんですけど、リオールでサーカスが開かれてこの町もお祭り状態になった事があったんです。ここはあまり娯楽がないから。その時に似顔絵師がいたので、私の記憶をたよりにこれを書いてもらったんです」

 そう言いながら、引き出しから薄い紙に包まれた、一枚の厚紙を取り出す。エドワードたちが覗き込むと、それはインクと水彩で描かれたーー

「雰囲気はよく似たなと思ってはいるんですけど、なにせ誰に見せてもわからないし、夢でしか会えないので、顔はそっくりなのか……」

「いんや、そーっくりだぜ……」

「え?」

 なまえの言葉を遮り、エドワードが唸る。

「こいつはホーエンハイムだ……ッ」

 喉の底から絞り出すような声に、なまえは目を丸くした。今度は彼女が二人に詰め寄る番だ。

「ええっ!あの、その……お知り合いなんですか!?」

「知り合いも何も、この男は……」

 四角い顔に特徴的な黄金の髭と、男にしては随分と伸びている、エドワードと同じ色の髪。それは間違いなく……。

「僕たちの、父さんだ……」

 ヴァン・ホーエンハイムその人だった。



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