04
エドワードは二十分ほどで食事を終えると、お金を払い、二人で意気揚々と二階に向かった。
自宅自体は割と年季の入った家のようだが、所々錬金術で綺麗に補修した痕が見られる。金属でできた屋外階段を登って、ノックをしてから入る。鍵はかかっていなかった。
「失礼しまーす」
カーテンの隙間から光がこぼれているだけで、室内はかなり暗かった。明かりをつけると、扉付きの部屋がいくつかあるのがわかった。だが、人の気配がしない。
「オイオイ、随分不用心な家だな」
「まあ、結構な田舎だしね。僕たちのところもこんな感じだったじゃない」
「そういやそうだな」
などと話しながら、そろ〜っと扉を開けてすべての部屋を確認してみたが、やはり誰もいなかった。
「……お?」
エドワードとアルフォンスは互いを見つめて、これはチャンスだとばかりにニヤァッという擬音でもついていそうな、いやらし〜い笑みを浮かべた。彼らがしようとしているのは、室内の物色。これがただの一般人ならアルフォンスも止めただろう。だが相手は真理を開いたであろう錬金術師だ。元の体に戻るにはなりふり構っていられない。少しでも自分たちに有利な情報が欲しかった。
「二人暮らしってとこか」
洗面台の歯ブラシを見て、エドワードはそう判断する。あまり荷物をいじって後からバレると大変なので、触る物は最小限にとどめて、できる限りの情報を集めていく。
「なまえさんとあの料理を作ってた人で暮らしてるのかな」
「ま、そんなとこだろ。お、写真」
「あ、やっぱり、なまえさんたちだ。肩抱き合ってるし、夫婦なのかな?」
「さあな、親子か兄妹かもわかんねーぜ。……っておいアル、ちょっとおかしくねえか?」
書庫に入った二人。早速違和感が二人を襲った。
「うん。あのなまえって人、錬金術師なのに科学の本一冊も持ってないよ」
エドワードとアルフォンスは一般に出版されている科学関係の本はほとんど読破している。それこそ背表紙とタイトルだけでどのような内容であったか思い出すことができるほど。だが、どこの棚を見ても見覚えのある分厚く、重苦しい本たちは見当たらない。あるのは辞書とか小説とか料理の本くらいなものであった。
「どっかに研究室あったか?あるいは、隠し部屋に繋がりそうなとこ」
「ううん。間取りに変なところはないし……なまえさん、どうも全く練金術の研究をしてないみたいだね」
「変じゃないか?錬金術を活用してて、住居もあるってのに……。ま、研究の成果を記した本がここに紛れてるなら話は多少変わってくるけどな。そういやアル、さっきさ……」
そこで外から階段を上る音がする。
「お、そろそろ三十分だ。戻って来たかもしれねえ。あとで話すわ」
一足先にリビングに出ていたエドワードが誰かがここに近づいている音を耳聡く感じ取って、書庫にいるアルフォンスを呼ぶ。あたかも大人しく待っていましたよというポーズのためにリビングの椅子に腰掛け、テーブルにあごを乗せた。
ガチャリと扉が開く。やはりなまえだ。
「待たせてごめんなさい!」
いかにも待ちくたびれたという格好をしたエドワードを見て、なまえは謝罪の言葉を述べる。
「時間通りだ、問題ねえよ」
「そうですよ、僕たちが無理言っちゃってるせいですから」
なんて、ひどくしらじらしいことを言ってのける。妙なところで大胆不敵な少年たちであった。
「今お茶入れますね」
「ああ、いいよなまえさん。たぶんそんな休憩長くないだろ?事によっちゃあ手短に終わるからさ」
エドワードが椅子に座り直し、キッチンへ向かいかけたなまえを呼び止める。
「オレはエドワード・エルリック。で、こっちが弟のアルフォンス・エルリックだ」
「よろしくお願いします」
「は、はい!ご存知だとは思いますが、私はなまえです。それで、話とは……?」
「担当直入に聞くぜ。……なあ、あんたは何を対価に、誰を作った」
「……やっぱり、お仲間なんですね」
問われる事は理解していたのだろう。案の定、と言った顔で頷いた。
「はい。……ボクたちは身体丸ごと一つと、身体の一部を持っていかれました」
アルフォンスは兜を取り、エドワードは機械鎧の足を見せる。アルフォンスを見て驚くなまえに、魂の錬成についてもかいつまんで説明すると、彼女はとても興味深そうな顔をすした。
「魂の錬成……すごい、並の錬金術師にできることじゃあない! それじゃあ血の紋は……ああ、ごめんなさい。私の質問は後にします」
エドワードに見つめられて、なまえはしゅんとしながらそう言った。エドワードは悪いなと告げると、彼女の身体に向けた視線をを上から下まで滑らせる。
「見たところ五体満足だよな、あんた。内蔵か?」
兄弟は自分たちの師匠を思い出す。もしも内蔵ならば、さぞ日々が辛いに違いないと同情心が沸く。
しかしなまえは、首を横に振った。
「それじゃあ、どこを……?」
アルフォンスがじれったそうに尋ねる。やや間を置いてから、なまえは口を開いた。
「どこも、持っていかれてないの」
と。
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