03

 女が厨房に引っ込んだ途端、店内じゅうの男たちが彼女の話を始める。七、八人の男が揃いも揃って顔を崩して笑っていた。

「なまえちゃん、ドジだなあ」

 そう言いながら微笑ましそうな口調で隣を小突く髭面の男。年は三十ほどだろうか。ガタイのいい体にピッタリ合ったTシャツを着ているので、筋肉がよく目立っている。彼女の名前はなまえというらしかった。

「バーカ、あのドジっぷりがカワイイんじゃねえか」

 小突かれたメガネをかけた男は、肘で脇腹をつつき返した。髭面の男よりも幾分か若いが彼よりも細身で、浅黒かった。

「テメー、バカってなんだコラァ! あーあ、俺も上目遣いで笑ってもらいてえ! 羨ましいガキだなあお前!」

 髭面の男がデレデレしながらエドワードをやっかむ。

「上目遣いって……」

 と、エドワードはつい数分前に自分の足下から面を上げて破顔したなまえを思い出す。気がつかなかったが、確かにあれは上目遣いと言う類いのものだ。
 彼女のパッチリとした大きな瞳を思い出す。副涙腺からの涙が油分に富んでいるのか、あるいは涙を表面に引きつけるタンパク質の粘度が人よりも高いのか。何もせずとも彼女の眼はうるうると光を跳ね返していて、それがエドワードの記憶に色濃く残っていた。

(た、確かに)

 エドワードは弟が彼女のことをかわいいと言った理由がようやくわかった気がした。先ほどは錬金術の方に目がいってしまっていたが、その時のことを思い出そうとすれば錬成反応の光と同じくらい鮮明に彼女の両の目が蘇る。

「……ケッ。どーもムサい店だと思ったら、あんたらあの姉ちゃん目当てかよ」

 記憶の中心に居座ろうとする瞳を頭を振って隅に寄せ、エドワードは肘をつき、貧乏揺すりを繰り返す。床を叩く機械鎧の重たい音が小さく響いた。照れ隠しに憎まれ口を叩くのは彼の癖である。

「ちょっと兄さん、失礼だよ」

「ああ、いーんだ鎧の兄ちゃん、俺たちみーんななまえちゃんのファンなんだからよ」

 アルフォンスの諌める声を、メガネの男が流す。心の広い人ばかりでよかったとアルフォンスは内心ため息をついた。

「いやあ、なまえちゃんは仕事熱心でいい子だぞ!」

「ああ、みんなのために錬金術もバンバン使ってくれるしな! 練金術よ、大衆のためにあれって言葉を体現したようないーい女の子だ!」

 男たちは口々にあのなまえという女を褒めそやす。彼らはよほど彼女を気に入っているらしい。

「……いい店なんだな」

 エドワードは客たちの様子を見て、口の端を上げた。

「ええ、そうなんです」

 厨房からなまえが出てきて、開口一番そう言った。彼女には店内の声が筒抜けだったらしい。

「はい、遅くなっちゃってごめんなさい。当店自慢のカツカレーカツ増し増しです!」

「おう、待ってたぜ」

 エドワードは運ばれてきた料理に喜色満面の笑みを浮かべると、スプーンを構えた。

「召し上がれ。おいしいですよ〜」

「……あ、食う前に一ついいかななまえさん」

「はい、なんですか?」

 お盆を両手で抱えて厨房に戻ろうとするなまえに、エドワードは声をかける。首を傾げてエドワードを見やる彼女に、大ぶりなスプーンを先端が三つ又に分かれた先割れスプーンに錬成し直してみせた。

「俺達ちょーっと聞きたいことがあんだけどさあ、時間貰っていいか?」

 なまえは少しだけ面食らったような顔をしたが、笑顔でそれを了承した。

「ええと、お昼休憩が三十分後にあるので、裏から二階に上がっていて下さい」

「オッケー。うわ、うんめえ!」

 ニシシと笑って、カツカレーを口に放り込むエドワード。程よい甘さと舌を刺激する後を引く辛さの香辛料が、サクサクの衣に似合いの味をかもし出している。頬が落ちそうなほどそのカレーはおいしかった。

「おい坊主、二階でなまえちゃんになんかしたらブッ飛ばすぞ!」

 髭面の男のからかいの声に、エドワードは誰がするかッ! と勢いよく突っ込む。すると周りの男たちがワハハと笑って場が沸いた。

「しっかしすごいな、アンタも錬金術が使えるのか! よっしゃ気に入った。坊主はオレンジジュースだな! 鎧のあんちゃんもついでだ。ビールでも飲むかい?」

「い、いや僕は……」

 メガネの男に急に話を振られたアルフォンスが焦りの声を上げる。

「そーいや鎧のあんちゃんは何も食ってねえよな、ここの料理は絶品だぞ、食わなきゃもったいねーぜ」

「えっあーとその、アッアルフォンスはええとアレだ、病み上がりなんだよ! だだから胃がまだ食いもん受け付けなくて何もいらねーっていうか」

「そ、そうそう兄さんの言う通りで! 食べれないのはざ、残念だなあ」

 声が裏返ってしまっているエドワードとアルフォンスは、手をうねうねと動かして怪しいことこの上ない言い訳を始める。彼らはいつまで経ってもこの手の言い訳が苦手であった。
 男たちはあまり気にした様子もなく、料理が食べられなくて惜しいことをしたな、と口々にアルフォンスを慰めた。


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