02

「だあー!クッソ、腹減った!」

 旅の道中、エドワード・エルリックの空腹は限界を迎えていた。お腹を押さえながら、機械鎧の足で地団駄を踏む。

「もう、兄さんたらそればっかり」

「しょうがねえだろーがっ!」

 空腹からの苛立ちのために、アルフォンスに食ってかかるエドワード。今にも暴れ出しそうなほど凶悪な顔つきをしていた。

「そんな歯を剥き出さないでよ……あっ、兄さん兄さん! ホラ、街が見えたよ! あそこに寄っていこう! ね?」

 アルフォンスは必死で兄をなだめる。街という言葉を聞いて、エドワードは途端に目を輝かせた。

「よおっし! 行くぞアル!」

「あっ待ってよう、兄さん!」

 連日少ない保存食しか食べて来られなかったので、彼の脳内は食べ物のことでいっぱいだった。
 つい先ほどまで空腹でへろへろとしていたというのにどこにそんな体力が残っていたのか、エドワードは街が見えた途端走って行ってしまった。
 アルフォンスは兄の後を追うために、鎧の肉体で走り出した。


−−−−


「らっしゃい!」

 二人は目に止まった定食屋の暖簾をくぐる。食欲をそそるいい香りがエドワードの鼻をくすぐった。

「おっちゃん、すぐ出せるやつ!」

「あいよーっ」

 気の良さそうな声の男が厨房の奥から返事をよこす。ちょっとばかし待てば、すぐにサンドイッチが運ばれてきた。

「はい、召し上がれっ」

「サンキュ」

 配膳をしたのは人好きのする可愛らしい笑みを浮かべた女。耳の下で栗色の髪を結び、清潔な身なりをしている。お礼を言うや否や、エドワードは早速サンドイッチにかぶりついた。

「兄さん兄さん」

 アルフォンスはエドワードの耳元に大きな体を寄せ、ナイショ話を始めた。

「はんはよ」

「あの人、可愛かったね」

「ほうは? まは、ほのひはほへほへはははは」

 口いっぱいにサンドイッチを含みながら返事をしたので、エドワードは発音がしっかりとできない。
 ちなみに今、彼は好みは人それぞれだからな、と言ったのだ。サンドイッチしか目に入っていなかったエドワードにとって、店員の美醜など歯牙にもかけぬことだった。

「もう、何言ってるかわからないよ兄さん」

「お前が食ってる時に話しかけてくるからだろーが!」

 生身の肉体があれば頬をを膨らましてさえいそうな言い草に、サンドイッチを飲み込んだエドワードは噛み付き、そして二つ目を口に放り込んだ。

「あはは、ごめんごめん」

 アルフォンスは鎧の両手のひらを胸の前に並べてエドワードをなだめる。

「……なんていうか、ちょっと母さんの笑顔に似てるなって思ったんだ」

「はあはん? ……いや、母さんの方が背が高いし、髪色も暗いし、鼻も……」

 サンドイッチすべてを食べ終えたエドワードは顎に手を当てて、母を思う。何年経っても彼女の姿は色褪せず、鮮やかに思い出すことができた。

「もう、そういう具体的なところじゃなくって! 雰囲気だよふ・ん・い・き!!」

「うーるっせえな、そんなに似てたか? あ、おっちゃん、ここのオススメよろしく!」

「あいよーっ!」

 アルフォンスが可愛いと言った女を横目で見ながら、エドワードは新たに注文をした。
 年は自分たちよりも年上ではあるが、十代だろうと判断する。こぼれそうなほど大きく丸い瞳に、愛嬌のある笑顔。小動物のような外見だが、どこか英明さを漂わせていた。

「んー、イヌとかリスっぽいな」

 口寂しさを紛らわせるために咥えた爪楊枝を歯で上下して遊ばせながら、エドワードはそう言った。

「もう、兄さんたら!」

 素直に可愛いと言わないエドワードに、アルフォンスはくすりと笑う。

「はあい、お待たせしまし、たあっ!?」

「危ないっ」

「よっと」

 女がエドワードの注文したものを運んでこようとした時、何かにつまづいたのか、皿を落として割ってしまう。彼女も転びそうになっていたが、エドワードがあわてて肩を抱き、受け止めた。

「ご、ごめんなさい〜っ今すぐ片付けて持ってきます……って、お洋服にまで! すみませんすみません!」

 どうやら持ってきた料理はカツカレーだったらしい。床に落ちた時、エドワードの服に飛び散ってしまったようだった。

「ああいや、気にしなくて……」

 どうせ錬金術を使えば大丈夫だと思い、笑うエドワード。それよりも料理が……と内心落胆してしまう。未だ彼の空腹は収まっていない。

「いえ、そういうわけにも! …….ちょっと失礼します」

 女はひざまずいてカレーを布で簡単に拭うと、両手のひらを合わせ、パンッ!と鳴らす。そしてエドワードの赤いコートに手を寄せた。

「んなっ」

「ええ!?」

 女はコートに染み付いたカレーを錬成陣なしで分解してみせたのだ。錬成反応が収まると、粉と化したカレーをコートからはたき落として顔を上げ、エドワードに笑いかけた。

「はい、これで大丈夫です! カレーもすぐに持ってきますね。お詫びにカツも増量してきますっ」

 二人があんぐりと口を開けている隙に、女は床にこぼれたカレーと割れた皿も片付けて、さっさと厨房に向かってしまう。

「ア、アル……おい、見たか」

「うん、兄さん。今のって……」

「真理を見たな」
「真理を見たんだ!」

 エドワードとアルフォンスは目を丸くしながら、顔を見合わせ、図ったかのように声を揃えた。


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