03
今年も査定の時期がやってきた。
久々に中央司令部を訪れたルルーシュは、厚く青い生地の軍服を身にまとっている。徹底的に訓練を受けた軍人でも戦闘のために所属している国家錬金術師でもないが、それでも軍属であることにはかわりがないので、せめて軍部に向かう時には着ることにしているのだ。それは支給されてから数年が経つというのにくたびれた様子がまるでなく、新品同様に真新しかった。一年生軍人の方がよほど着込んでいることだろう。
「やあ、錦のではないか」
「……お久しぶりです、マスタング大佐」
早いところ終わらせてしまおうと思ったルルーシュが廊下をさっさか歩いていた所を、ロイ・マスタングに呼び止められる。ルルーシュは心の中で彼をスケコマシと呼んでいる。
先輩国家錬金術師であり、軍人として働いていないものの階級が二つも異なる人間でもあるので、面と向かってそのあだ名を口にしたことはない。だが、ルルーシュ自身の中ではあまりに定着した名前であるので、いつかふいに「スケコマシ大佐」などと呼んでしまうかもしれないな、と思ったこともあるほどだ。
「相変わらず美しいな、君は。本当に男性かと疑うほど線が細い」
「ッ!! 人が気にしていることを……!」
「なに、褒め言葉さ。君の宝石のような瞳になら、男でさえ狂うことがあるだろうなと思ってな」
「私に男色の気はありません!」
やめてください、とルルーシュは語気を強めた。からかわれていることはわかっていたが、思わず乗せられてしまう。
(男に口説き文句を使われたところで気味が悪いだけだ! このホモがッ!!)
「はっはっは、いや失礼。つい出てしまった冗談さ」
「クッ……」
ルルーシュはなにかと容姿を女性や宝飾品に関連づけて褒めてくるロイが苦手だった。しかし目上の人間であるのであまり強く出ることができずに、今日まで至っている。
「まあそう睨まないでくれたまえ、美人が怒ると肝が冷える」
「でしたら怒らせるようなことをしないで下さい!」
ルルーシュはペースを狂わせられることに耐えきれなくなって、思わず声を荒げてしまう。
「同感です」
「ヒッ、ーー!?」
と、いきなり増えた女性の声。それは、ルルーシュのすぐ後ろから聞こえてきた。悲鳴を上げかけたが必死で堪える。突然気配もなく背後から声をかけられるとこんなにも鳥肌が立つのかと唾を飲み込みながら、ルルーシュは体ごと振り返った。
「……コホン。ホークアイ中尉でしたか、お久しぶりです」
「こんにちは、ルルーシュ君。査定に来たのね?」
「はい。レポート類の提出は終わっているので、あとは実技だけです」
冷静さを欠いた自分を恥じながら、ルルーシュはリザ・ホークアイと挨拶を交わした。
彼女が非常に自然な様子でロイの隣に立って銃口を肩に押し付けている姿を出来る限り視界に入れないようにしながら、会話を続けるルルーシュ。お互い知らない仲ではないので、それが何を意味するのか知っているからだ。
「そうなの。今年も更新できるといいわね、がんばって」
「ありがとうございます」
リザは慈愛の含んだ笑みをルルーシュに向ける。なんだかこそばゆい気持ちになって、ルルーシュは少しだけ頬を染めた。
「中尉……」
「なんでしょうか」
「談笑は一向に構わないと思うのだがね、銃口を……」
ロイが頬をひくつかせて、リザの様子を伺うようにそろりと声を上げる。彼女が何故上司であるロイに対して銃を向けているのか、彼自身が一番わかっていた。
「では、いい加減東方に戻って書類に着手して下さいますか?」
リザが怒っているのは、ロイが中央で遊び歩いているからだ。もはやルルーシュに向けていた柔らかな声と視線ではない。凍えるような冷たさで、書類から逃げ回るロイの五感を突き刺す。
「ははははは、わ、わかった、わかったから早く銃口を下ろしてくれ」
(いいぞ中尉ッ……! もっと、もっとだ! このスケコマシを追い込むのだ!)
焦るロイに、気分を良くするルルーシュ。
「今後のランペルージ君へのセクハラについては?」
「失敬な。あれは彼との立派なコミュニケーションだ!」
「……」
リザは無言で肩口に向けた銃を更に押し付けた。
「フン、美しいものを讃えて一体何が悪いと言うのだね? ホークアイ中尉」
「……ハア」
(こっ、この男は〜〜ッ!!)
先ほどは銃に怯えていたというのに、途端に開き直ってしまったロイ。リザは頭を抱えた。ルルーシュも揃って頭を抱えたくなった。
「中尉、私のことは大丈夫ですから」
「ごめんね、ルルーシュ君。ありがとう。……大佐、執務に戻りましょう。終わるまで外には出しません」
「んなっ……ま、待ちたまえ。私にも執務後の約束というものが……」
「まずは書類の期限を守ることから始めて下さい。では、ルルーシュ君。検討をお祈りしています」
気遣うルルーシュに、リザはこのままでは埒が明かないと思い、乗っかることにした。そして、去り際にルルーシュに対してビシッと見事な敬礼を決めてから、ロイを強引に引っ張って行ってしまった。
(あ、嵐が去った……)
ごっそり精神を持っていかれた気分になりながら、ロイに遭遇する前に行こうとしていた目的地へ足を向ける。
彼がこれから向かうのは、査察委員の面々が待つ部屋であった。
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