02

 扉を開くと、一人の女性が立っていた。ルルーシュはそれが誰かと判断すると自然と顔がほころんだ。

「ああ、グレイシアさんでしたか、こんにちは。どうかなさいましたか?」

 そう言いながら、ルルーシュは快く迎え入れる。彼女は軍人の妻で、二人暮らしである彼らを気遣い、何かと率先して声をかけてきた心の優しい女性だ。ルルーシュが自ら進んで良好な近所づきあいをしている住人のうちの一人である。

「こんにちはルルーシュ君。いきなりごめんなさい。修理を頼めないかしら? お料理してたら急に包丁の柄が折れちゃって…」

 グレイシアが包んできた布を開いてルルーシュに見せる。持ち手の部分がポッキリといってしまっていた。なるほど、これでは料理ができまい。
 布を受け取った時に触れ合った手が冷たかったことや、彼女の腰にエプロンが巻かれている事から、ルルーシュは彼女が料理をしている途中なのだろうと推測した。そして、ならば早いところ修理をしてしまおうと考えた。

「構いませんよ、少しここで待っていて下さい」

 ルルーシュがグレイシアを客間に通すと、ナナリーがタイミングよく紅茶を運びに来た。彼女の頭をひと撫でして、受け取った布の塊を手に自室へ向かう。
 黒板とチョークを手に取って錬成陣を手慣れた様子で書き込むと、その上に包丁を置いて錬金術を発動させた。錬成反応の光が手元を良く照らすと、次の瞬間には使い物にならなくなっていた筈の包丁が元の姿に戻っていた。

 彼がこういったものの修理をするのはこれが初めてではない。自分が国家の狗だと蔑まれることでナナリーに危害が及ぶ事のないよう、錬金術を一種の処世術としてうまく利用しているのだ。ルルーシュは得意の話術と錬金術という特殊なスキルによって、ナナリーは持ち前の優しさによって、しっかりと近所に溶け込んでいた。

 客間に戻ると、二人はニコニコとしながら会話に花を咲かせていた。その睦まじい様子に何か温かなものを感じながら、ルルーシュはグレイシアに声をかけた。

「グレイシアさん、直りましたよ」

 ついでに切れ味も上げておいたため、仮に落としてしまっても包丁が裸にならないよう、しっかりと布に包まれていることをもう一度確認してから彼女に渡す。

「助かったわ! 急なお願いだったのに本当にありがとう。よかったらこれ、食べてね」

 と言いながら、グレイシアはバスケットを取り出す。中にはクッキーなどのお菓子がナプキンに包まれて入っていた。
 ルルーシュは基本こういった行為に謝礼を求めない。だから住人は、このように好意を形にして彼に返している。先ほど彼らの話題に出ていた岩塩も、他の住人からのお礼の品であったりするのだ。

「ありがとうございます。ナナリー、今日のおやつにしようか」

「はい! グレイシアさん、ありがとうございます」

 おやつという言葉に、ナナリーは花もほころぶような笑顔を見せた。彼女は午後のティータイムをいつもとても楽しみにしている。
 ルルーシュが受け取った焼き菓子は、グレイシアの手作りだろうということが見てとれた。本部で遭遇する時にもご近所さんとして遭遇する時にも惚気を欠かさないあの男がこれを見たら、何と言うだろうかとルルーシュは少し考えた。

「それじゃあ、ありがとうね」

「いえいえ、何かありましたらまたどうぞ」

「二人とも今度うちのご飯に招待するわね」

「はい、楽しみにしてます!」

 なんて雑談を交わしつつグレイシアを見送り、居間へと戻る二人。ナナリーは頬を緩めながら自慢の兄を見上げる。

「さすが錦の錬金術師様ですね、お兄様」

「……その名は何度聞いても恥ずかしくなるんだが」

「いいじゃありませんか、とても素敵な名前ですよ」

 ルルーシュは頬をかいて、視線を天井にそらす。
 錦とは、彼の国家錬金術師としての二つ名である。緻密にえがかれた芸術のような論文と、彼自身が持つ美しい外見から、そう呼ばれていた。意味が意味だけに、錦の、と呼ばれるたびに胸がこそばゆくなるルルーシュであった。


(内容は違いますが、発想は心理学と錬金術/カール・グスタフ・ユング著.よりお借りしました)


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