彼女(悔む)






そう、そうだった。
あれがきっかけとなって、私たちは時々親睦を深めたりしていたのだ。通っていた学校も学年も違っていたのでそんなに頻繁に会うことはなかったけれど、それでも仲はよかった。彼らと過ごした時間はまぎれもなく楽しい青春時代だった。
ご飯を食べたり、買い物に行ったり、映画を見たり、ゲームセンターで遊んだり、少し遠出をしてみたり。
思い出は得てして美化されるものだ。けれど、楽しくなかったことなんて、なかっただろう。

でも、結局私は工藤くんに告白できず終いだった。はじめから出来上がっていた関係を壊すということができるほどの大きな勇気を、持つことができなかった。
もしかすると彼らは私の気持ちにほんの少しくらいは気がついていたかもしれない。あまり感情を隠し通すのは得意ではなかったから。それでもなにも起きることはなかった。知らないふり、気付かないふりを突き通していたのかもしれない。今はそう思う。
恋人同士という関係ではないけれどそれに近い間柄でいた二人が私と仲のいい関係でいるには、それが一番だったからだろう。

だというのに、仲の良い関係を築いてしばらくしてからーー具体的には工藤くんが失踪してから……私たちはどんどん疎遠になってしまった。

蘭ちゃんとの最後の会話は工藤くんを待ち続ける蘭彼女を電話で慰めた時だった。大丈夫、きっと帰ってくる。心配ないって、私はそう言った。今でも鮮明に覚えている。
そして電話を切って……その直後だっただろうか、私が引っ越しをしたのは。

引っ越した理由はなんだったっけ。親の転勤について行ったんだっけ。……いや、そんなものはただのきっかけにすぎなかった。私が自らの意志で、交流を途切れさせたのだ。ひどい別れ方をしたと思う。どうして一言さよならを言わなかったとかと今でも悔やんでいる。

私には蘭ちゃんのように工藤くんを健気に待ち続けることが出来なかった。いつか帰ってくると心の底から信じて日々を過ごすことが耐えられなかった。

だからなにも告げずに引っ越したのだけれど、そんなものは言い訳にすぎなかった。あの頃の私は本当に醜かった。若かった。幼かった。残酷だった。

三人でいる時にはどうということもなかったのに、バラバラになった瞬間、彼女への嫉妬心を押さえつけることが出来なくなったのだ。
同じ環境にいる時には見えなかった彼女と私の隔たりともいえる差を、工藤くんがいなくなって初めて思い知らされた。

例えば、工藤くんへの思い。ただ安全を願って待ち続けることがどんなにつらいことか。
例えば、姿勢。いつ帰ってきてもいいようにと、どんな時にも工藤くんを受け入れる環境を作り上げていたこと。
例えば、いつでも笑っていたこと。笑顔を忘れなかったこと。つらい時こそ笑う彼女に、きっと私だけでなく、誰もが救われたことだろう。

今思えばなんてことはない。私よりも蘭ちゃんの方がずっとしっかりしていただけのことで、必要以上に比べたり、気にする必要なんてなかった。私も黙って彼女の心構えを見習っていればよかったのだ。
ただ、私は幼かった。私よりもずっと人間の出来た蘭ちゃんが羨ましかった。せめて嫉妬に狂って蘭ちゃんを傷つけてしまわぬようにという口実を以て、最低なことに、工藤くんがいないという事実からも、帰ってくることを待ち続ける環境からも逃げたのだ。

「蘭ちゃん、元気かなあ」

ぽつりと呟いた。
あの花もほころぶようなかわいい笑顔。
かなわないと、負けたと痛感させられたあの頃を、未だに私は夢に見る。どうして自分の感情をまっ先に優先させたのかと、今でも後悔が胸をよぎる。突然失踪した工藤くんに引き続いていなくなってしまって、彼女のことをひどく傷つけたに違いない。

もう携帯の中にも記載されていない連絡先。それを探し求めて、電話帳を棚の中から取り出して、ページを繰った。
蘭ちゃんーーの携帯番号は繋がらなかった。きっと機種変とともに番号も変えたのだろう。
工藤くんのご両親ーーはきっと忙しいだろうから、かけられない。なんと言っていいのか、わからなかった。
毛利さんーーとは面識があるだけで、ほとんど話したことがなかった。だからかけられない。
妃さんにかけるのが、一番いいだろうか。蘭ちゃんの番号が繋がらなかったことでくじけかけた気持ちを持ち直して、受話器の音に耳を傾けた。

「ーーはい、妃弁護士事務所です」

「もしもし、あのーー」


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