報道(知る)

その訃報は、あまりに唐突だった。

2003年の、もう夏も終わりそうなある日のこと。私の日課は、ラジオを聞き流すことだった。今日も皿洗いをしながら、イヤフォンから音を流していた。ちなみにテレビは一度気になってしまうと画面に釘付けになってしまうから、家事の時には極力見ないことにしている。

どの局がいいとかいうこだわりは特になく、洋楽や邦楽が中心のラジオを聞く日もあれば、芸人のオモシロおかしい話に耳を傾ける日もある。今日は偶然、ニュースだけをひたすら聞く日であった。
なんだかそうしなければならないような気がして、朝からずっとその局だけを選んでいた。とはいえ注意深く聞いていたわけでもなく、暫くはお経でも聞いている気分に陥っていて、ほとんど内容は気にも止めていなかった。

「ーーでは、次のニュースです」

イヤフォンの向こうでアナウンサーが息を継ぎ、声のトーンを一つ落とした、この時までは。朝起きた時から、何か嫌な予感はしていたのだ。なんとなくいつもよりも胸の鼓動が早くて、焦りに似たものを思えていたのだけれど、そんな虫の知らせがまさか、

「7年前に失踪した工藤新一さんの認定死亡が、本日付で受理されました」

こんな、こんなニュースだったなんて。

アナウンサーの言うことを理解した途端、私の世界は一瞬で色を何処かに落としてしまったかのようにくすんでしまう。
何もかもが遠く感じられて、言葉さえも失ってしまったかのよう。

「工藤さんは、高校生探偵として様々な事件を解決に導き、多くの被害者を救済するために奔走された方でした」

工藤新一が死亡という言葉が、私の心臓を握りつぶす。


「心から、ご冥福をお祈りします」


礼でもしたのかその声がくぐもって、数秒音声が止まる。心なしか、アナウンサーの声には水分がこもっているような気がする、と心の何処かで考えた。

「……」

ーーああ、そういえば。彼は別の番組で、工藤新一に救われたことがあると話していた人ではなかっただろうか。
どんな救いを与えられたのかまでは定かではない。けれど、彼はこのニュースを扱うことで、工藤くんの死を悼んでいるに違いなかった。

「−−−−では、次のニュースです」

アナウンサーが次の原稿を読み始めたところで、私は思わずイヤフォンを耳から引き抜いた。
勢いよく外れたせいで、何年も大切に使っていたそれを床に叩きつける形になってしまった。遠くであのアナウンサーが何かを話す声がほんの少し、聞こえる。

「…………」

眼下の泡だらけのシンクを見下ろす。皿を持つ手に、力が入らない。
年じゅう洗い物をこなす私の手先は昔に比べてずいぶん見劣りするようになってしまった。でも、代わりにどんな時にもなんでもこなせる魔法の手に生まれ変わった。
だというのに、とうてい家事をする気分にはなれなくて、洗っていたものを全てシンクに残し、手に付いた泡だけを落としてキッチンを出た。
寝室に行く気力も起きなくて、リビングに設置してあるソファに崩れこむように座った。

体を虚脱感が襲う。
そこから一歩も動ける気がしなくなって、足に根っこが生えたような気分にさえ陥る。

「工藤くん。……工藤、新一くん」

そうか。この名を呼んで振り向いてくれる人は、もういないのか。

彼が失踪して七年。その間、いや、それ以上の期間、私は彼に会っていない。だから私自身、ここまで強い感情を抱くとは思ってもみなかった。ーーああ、でも。私の子供のような淡い恋心は、あの時から変わっていなかったのかもしれない。

目を閉じながら、ソファの背もたれに後頭部を擦り付ける。天井に設置された光源がまぶた越しに見えて、視界はほの赤い光に覆われた。


ーー工藤くんが好きだと自覚したあの時から、一体もう何年が経つのだろう。結婚してからもそれが私の心の芯に息づいて、変わっていなかったのだと思い知らされる。
もちろん夫を心から愛していることは事実だ。けれど、どれだけ工藤くんのことを忘れたいと思っても、どうしても忘れられなかった。ここ数年でようやく彼のことを思い出さなくなったから、今の今まで、忘れた気になっていただけだったのだと、実感する。

それだけ鮮烈に、私の心を持っていった少年だった。そして、けして私に靡いてはくれない男だった。
色褪せた記憶の中で彼が見せた不敵な笑みだけは、今もなお鮮やかに刻みつけられている。

ーー私が工藤くんを知ったのは、忘れもしない、1993年の春休み。LUNA航空のジャンボジェット機がロサンゼルスへ向かっている最中に起きた殺人事件がきっかけだった。その時私は単なる17歳の女子高校生で、彼は15歳の幼くも賢い青年探偵だった。


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