遭遇(困る)

「キャアアアアア!」

何かに怯えるような、つんざく悲鳴が聞こえて、私の意識は引き戻された。
周囲の人も、驚いてざわつき始める。

暗かった機内が突然明るくなって、アナウンスがかかる。
あのCAさんの叫び声は、どう考えても急病人が……といった雰囲気ではなさそうなのに。

「ねえ、さっき聞こえたんだけど、人がトイレで死んでるって……!」

女の人の怯えた声が、どこからか聞こえる。薄ら寒くなって、私は今だ熟睡するお母さんを揺り起こした。

「お母さん、大変だよ。人が亡くなったって…」

あまり大きな声で言うのも憚られたので、小声で話しかける。

「確か君は高校生になったばかりだろう!勝手に現場を荒らしおって!」

お母さんが目を覚ましたのと同時に、そんな怒鳴り声が後ろから聞こえる。振り向いて野次馬の隙間から見えた光景は、恰幅のいい男性が若い男の子を叱っているという所だった。何が何だか、さっぱりだ。

「お、お母さん」

「もう、あんたは。ちょっとくらい落ち着いてなさいよ」

「お母さんが冷静すぎるんだって……」

お母さんは後ろをしきりに気にする私の腕をとって前向きに座らせると、自分の鞄からキャンディを取り出し、私に渡してきた。

「ほら、これ舐めて大人しく待ってなさい」

「う、うん……ありがと……」

「バッカモン!所詮素人は素人だ!」

「うわっ」

またしても聞こえる怒鳴り声に、私は思わず肩をこわばらせた。怒る男の人はこうも怖いのだな、と思いながら、今度は振り返ることなくぶどう味のキャンディを口に放りこんだ。

そうして少し待っていると、後ろにいたはずの人たちが何故か私たちの座席近くまで歩いてくる。それから少年が次々に人を指差していくので何かと思ってぽかんと様子を伺っていると、その手が何故か私にも伸ばされた。

「それから、あなたもですよね?」

黒いハイネックのセーターを着た見目のいい少年が、私までもを指名する。

「……はい?」

「ですから、夜中、トイレに立ちましたよね?」

確かにお母さんに席を代わってもらったあと、しばらくしてから目が覚めて、お手洗いを使った覚えがある。

「はあ…まあ…」

しかし、それをなぜ君が知っているというのだ。そして、だからなんだというのだ。そんな私限りではないであろう疑問が晴れることなく、話は進められる。

「五人とも席が近いですね」

「ああ」

と、スーツの男性たちが会話を交わしてがいるが、何のことだがさっぱりわからない。
そして、よく理解できないまま後ろへ連れて行かれる。
お母さんが着いてきてくれようとしたけれど、警部を名乗った人にお母さんは席に座っているよう言われたので、私一人で最後尾に付いておっかなびっくりとトイレへ向かった。
そこで見せられた死体の主は、あのタバコを吹きかけてきた不愉快極まりない男性だった。身体はぐだりとしていて、一目で魂が存在しないことが分かった。死体を見るのはお父さんの時ぶりで、相変わらず私は生きていない人というものが本当に苦手なのだと実感する。
本能的に、死というものが怖いと思った。

「和洋……!」

泣き崩れるつぐみさんの背中を撫でながら、私は自分の顔色がどんどん悪くなっていくのを感じた。
いくら嫌な人だとはいえ、死んで欲しいとまでは思わなかった。
こんなにも泣き崩れるつぐみさんはきっと、和洋さんの恋人だったのだろう。大切な人が亡くなったつぐみさんの悲しみは、よくわかる。胸のあちこちが痛くて痛くてたまらないのだ。頭が空っぽになって、何も考えられないからこそ目が回って、涙が止まらなくなる。
少しでも手助けになれたら、とつぐみさんの背を撫で続けているうちに、亡くなった和洋さんの連れの人たちが、声を荒げながら写真のネガや新聞社の話をし始める。そうか、これは仕事絡みの殺人かもしれないんだな。
だけども、私はここにいる全ての人と初対面だ。仕事もなにも、私には関連性が全くない。
私は一体どうしたらいいのだろうと思いながら、最年少の容疑者として、周囲の鋭い声をおろおろしながらひたすら聞いていた。


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